名古屋市は人口約226万人を擁する中部圏の経済中枢であり、東部の丘陵台地から西部の沖積低地へと地形が傾斜する都市構造を持っています。庄内川・矢田川・新川・天白川・日光川という主要5河川が伊勢湾に向かって集中し、港区・南区・中川区を中心に広大な海抜ゼロメートル地帯が広がっています。
この地形の特性が、そのまま災害リスクの分布に重なります。西部低地では外水氾濫と液状化、沿岸部では高潮と津波、都市中心部では内水氾濫(川が溢れなくても排水が追いつかず街が冠水する現象)、東部丘陵では土砂災害と、エリアによってリスクの種類が大きく異なります。加えて、南海トラフ巨大地震による津波と激しい揺れは、市全域にわたる脅威です。
名古屋市は伊勢湾台風・東海豪雨・南海トラフという3つの大きなリスクを抱える都市として知られています。
名古屋市を繰り返し襲ってきた災害の歴史#
名古屋市の防災体制は、過去の壊滅的な災害体験を教訓として積み重ねてきました。ハザードマップに記載されている浸水深や震度の数値は、こうした被害データに基づいています。
地震・台風の被害記録#
伊勢湾台風の甚大な被害が契機となり、1961年に「災害対策基本法」が制定されました。この台風は現在の名古屋市の防災政策の原点とされています。
| 年 | 災害名 | 規模 | 名古屋市域の被害 |
|---|---|---|---|
| 1889年 | 明治22年台風 | — | 高潮により熱田周辺の堤防が決壊。現在の南区周辺が広く浸水。愛知県全体で876名の死者・行方不明者 |
| 1959年 | 伊勢湾台風 | 中心気圧929.5 hPa | 名古屋港で5.31mの高潮。南区・港区の沿岸部が水没し水が引くまで半年超。市内死者・行方不明者1,851人 |
| 1998年 | 台風7号・8号 | 最大瞬間風速42.6m/s | 強風による家屋被害・交通機関の麻痺が発生 |
出典:名古屋市 防災ポータル
名古屋市の水害被害記録#
| 年 | 災害名 | 総雨量 | 名古屋市域の被害 |
|---|---|---|---|
| 2000年 | 東海豪雨 | 566.5mm(2日間) | 市域の約37%が浸水。約15万世帯に避難勧告。死者4名、浸水家屋約3万1千棟。被害総額約6,460億円 |
| 2008年 | 8月末豪雨 | 時間最大117mm | 中村区・中川区を中心に内水氾濫。床上・床下浸水が約1万1千棟 |
| 2011年 | 台風15号 | 日降水量383.5mm | 庄内川・志段味観測所で既往最高水位6.87mを記録。床下浸水317棟 |
東海豪雨では、台風14号と秋雨前線の影響で名古屋市の観測開始以来最大の豪雨を記録。新川の堤防決壊による外水氾濫と下水道処理能力を超えた内水氾濫が同時に発生し、都市型水害の深刻さを示す記録となりました。この災害を契機に、市の治水対策は高潮対策から内水氾濫対策へと大きく転換しています。
出典:名古屋市 防災ポータル
ハザードマップの種類と確認方法#
名古屋市は、洪水・内水氾濫・高潮・地震・津波・ため池氾濫などすべての災害リスクを網羅した「なごやハザードマップ」を公開しています。
| マップ名 | 内容 |
|---|---|
| なごやハザードマップ(洪水) | 庄内川・矢田川・新川・天白川・日光川等の氾濫時浸水想定区域。令和7年(2025年)3月までに中小河川リスクも反映済み |
| なごやハザードマップ(内水氾濫) | 下水道の排水能力を超えた場合の浸水シミュレーション |
| なごやハザードマップ(高潮) | 台風による高潮発生時の浸水想定区域 |
| なごやハザードマップ(地震・液状化) | 揺れやすさ・液状化リスクの分布 |
| なごやハザードマップ(津波) | 南海トラフ巨大地震による津波の浸水想定区域 |
「名古屋市防災アプリ」を使えば、現在地や住所からGPSベースで地震リスク・液状化の可能性・浸水深をピンポイントで確認できます。
紙版のハザードマップは各区役所でも配布しています。
名古屋市の区別リスク早見表#
名古屋市は東西で地形・地盤の性質が大きく異なり、エリアによってリスクの種類と深刻度が変わります。
| 行政区 | 地震・地盤 | 河川氾濫 | 内水氾濫 | 高潮・津波 | 土砂 |
|---|---|---|---|---|---|
| 千種区・名東区・天白区・緑区(東部丘陵) | 中 | 中(天白川) | 低 | — | 中(造成地) |
| 中区・昭和区・瑞穂区(中央台地) | 低〜中 | 低 | 中(集中豪雨) | — | — |
| 西区・中村区・中川区(西部低地) | 高(液状化) | 高(庄内川・新川・矢田川) | 高 | — | — |
| 港区・南区・熱田区(南部沿岸) | 極高(液状化) | 高(日光川) | 高 | 極高 | — |
各エリアの特徴#
東部丘陵(千種区・名東区・天白区・緑区)は洪積台地で地盤は比較的安定しています。ただし、丘陵地を削った部分(切土)と土を盛った部分(盛土)が混在する造成地では地震の揺れによる地すべりリスクがあり、天白川沿いの住宅密集地では内水氾濫も頻発します。
中央台地(中区・昭和区・瑞穂区)は地震への揺れには比較的強い地盤ですが、市街化によるアスファルト舗装が進んでおり、集中豪雨時の内水氾濫リスクは無視できません。
西部低地(西区・中村区・中川区)は沖積平野のシルト・粘土層で構成される軟弱地盤エリアです。庄内川・新川・矢田川の3河川が流れ、外水氾濫と内水氾濫の二重リスクに加え、地震の揺れが増幅されやすく液状化の可能性も高い地域です。
南部沿岸(港区・南区・熱田区)は市内で最もリスクが集中するエリアです。海抜ゼロメートル地帯が広がり、液状化・高潮・南海トラフ巨大地震による津波のすべてが重なり合うため、津波避難ビルへの垂直避難が命綱となります。
名古屋市の主要駅周辺の浸水リスク#
名古屋市の中心部には発達した地下街・地下鉄ネットワークがあり、水害時には地下空間への浸水が大きな脅威となります。浸水想定には2つの基準があります。
- 計画規模 — 数十年〜百年に1回程度の大雨を想定
- 想定最大規模 — 1,000年に1回程度の極端な大雨を想定
| 駅名 | 関連河川 | 計画規模 | 想定最大規模 | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 名古屋駅 | 庄内川・新川 | 0.5〜1.0m | 0.5〜3.0m | 地下街への浸水が致命的リスク。東海豪雨・2008年豪雨で道路冠水を経験 |
| 栄駅 | — | 局所的 | 局所的(内水) | 地下鉄入口への流入に警戒。止水板・自動ポンプ稼働エリア |
| 金山駅 | 庄内川・矢田川 | 0.5m未満 | 局所的(内水) | JR・名鉄・地下鉄が乗り入れる交通拠点。帰宅困難者滞留リスクが高い |
| 大曽根駅 | 矢田川 | 0.5〜3.0m | 0.5〜3.0m | 矢田川近接。鉄道インフラ浸水による東西交通断絶リスク |
名古屋駅周辺は地形が低く、庄内川・新川の氾濫時には広域浸水エリアに含まれます。道路が0.5m以上冠水すると、地下街・地下鉄への急速な流入が発生します。2000年の東海豪雨・2008年の豪雨でいずれも被害を受けており、早めの地上退避が重要なエリアです。
また、市内のアンダーパス(鉄道交差部の掘り下げ道路)では、急激な降雨で10〜20分以内に1.9m以上の冠水が発生するケースがあります。水位計と連動した自動通行止めシステムが運用されていますが、アンダーパスへの進入は絶対に避けてください。
名古屋市の津波リスク#
南海トラフ巨大地震が発生した場合、名古屋市の沿岸部では津波が到達すると想定されています。
南海トラフ巨大地震による津波の浸水想定#
| エリア | 浸水深 |
|---|---|
| 港区・南区の沿岸(海抜ゼロメートル地帯) | 3.0m以上 |
| 中川区南部・熱田区 | 1.0〜3.0m |
| 名古屋港周辺 | 1.0〜3.0m |
津波避難施設と対策#
南部沿岸エリアでは平地を水平移動して逃げることが困難なケースが多いため、鉄筋コンクリート造の「津波避難ビル」の3〜4階以上に駆け上がる垂直避難が最優先の行動です。名古屋市は港区・南区を中心に複数の津波避難ビルを指定しています。
南海トラフ巨大地震は今後30年以内に70〜80%の確率で発生すると予測されており、沿岸部に住む方は避難ルートと津波避難ビルの場所を日常的に確認しておくことが重要です。
名古屋市の地震リスク#
南海トラフ巨大地震への備え#
南海トラフ巨大地震が発生した場合、名古屋市内では震度6強〜7の激しい揺れが想定されています。強い揺れと津波が同時に襲来するため、西部低地・南部沿岸のエリアでは複合災害への対応が求められます。
液状化リスク#
地震の揺れにより地中の水と砂が混合し、地盤が流動化する現象(液状化)は、軟弱な沖積層が広がる名古屋市西部・南部で特に深刻なリスクです。液状化が発生すると建物の傾斜・沈下、マンホールの浮上、道路の通行不能など、地震後の生活に直結する被害が生じます。
| リスク | 該当エリア |
|---|---|
| 極高 | 港区・南区・中川区(海抜ゼロメートル地帯。沖積層による軟弱地盤) |
| 高 | 西区・中村区(沖積平野の軟弱地盤) |
| 中 | 千種区・名東区・天白区・緑区(東部丘陵の造成地) |
| 低 | 中区・昭和区・瑞穂区(中央台地) |
造成地の地盤リスク#
東部丘陵には丘陵地を切り盛りして造成した住宅地が広がっています。切土と盛土の境界付近では、地震の揺れによる地すべりが発生するリスクがあります。自宅が切土・盛土のどちらに位置するかは、なごやハザードマップで確認できます。
浸水深の目安と避難判断#
ハザードマップに示される浸水深が実際にどのような状況を意味するのか、行動の判断基準とあわせて整理します。
| 浸水深 | 状況 | 行動の目安 |
|---|---|---|
| 0.5m未満 | 大人の膝下 | この段階に達する前に避難を完了させる |
| 0.5〜1.0m | 大人の腰 | 歩行による避難は危険。0.5mが歩行の限界 |
| 1.0〜3.0m | 1階が完全に水没 | 2階以上への垂直避難。ただし木造家屋は倒壊・流出リスクあり |
| 3.0〜5.0m | 2階の床下まで浸水 | 3階以上への退避。低層階は浸水前に立ち退き避難 |
| 5.0m以上 | 2階建て家屋の屋根に到達 | 4階以上への退避。立ち退き避難が唯一の手段 |
港区・南区・中川区の海抜ゼロメートル地帯にお住まいの方は、降雨が強まってからでは避難が間に合わない可能性があります。警戒レベル3(高齢者等避難)の段階で避難行動を開始することを推奨します。
名古屋市における雨量の危険ラインについては「水害の被害記録」を参照してください。
避難場所と避難所の違い#
「避難場所」と「避難所」は異なる役割を持つ施設です。災害時に適切な判断を行うために、この違いを事前に把握しておくことが重要です。
| 種別 | 役割 | 具体例 |
|---|---|---|
| 指定緊急避難場所 | 災害の危険から一時的に命を守る場所 | 公園・グラウンドなど |
| 指定避難所 | 避難生活を送る施設 | 市立小中学校の体育館など |
| 津波避難ビル | 津波からの垂直避難施設 | 港区・南区の鉄筋コンクリート造建物 |
| 福祉避難所 | 配慮が必要な方の二次避難先 | 各区の指定施設(直接避難は不可) |
重要な注意点#
水害時には、浸水リスクにより開設されない避難所があります。中村区では水害時に「3階以上への避難を原則とする」など垂直避難ルールが設けられている施設もあり、最寄りの避難所が水害時にどのような扱いになるかを平時に確認しておくことが重要です。
福祉避難所は発災直後に直接避難する施設ではありません。まず指定避難所に避難し、専門職が状態を確認した上で必要に応じて案内される仕組みです。
南海トラフ巨大地震では約13万8千人の避難者が想定されており、名古屋市は食料・飲料水・毛布・簡易トイレ(約358万回分)などを分散備蓄しています。
出典:名古屋市 防災ポータル
防災情報の入手方法#
災害時に正確な情報を迅速に入手できるかどうかは、避難行動の成否に直結します。情報の入手手段は最低2つ確保しておくことを推奨します。
| 手段 | 概要 |
|---|---|
| 名古屋市防災アプリ | 現在地・住所ベースで浸水深・地震リスク・液状化リスクをGPS確認 |
| なごや減災プロジェクト(ウェザーニューズ連携) | 地域ピンポイントの気象予測・防災情報を受信 |
| 名古屋市防災ポータル | 避難情報・避難所開設状況・ハザードマップをまとめて確認 |
| Yahoo!防災速報アプリ | 地域に紐づいた防災情報を受信 |
上記に加え、緊急速報メール(エリアメール)は避難指示・津波警報を携帯キャリア経由で強制受信する仕組みのため、事前の登録は不要です。名古屋市内には屋外スピーカー(同報無線)が177か所に整備されており、デジタル化により音質・到達距離が改善されています。
警戒レベルと行動#
| レベル | 発表される情報 | 住民の行動 |
|---|---|---|
| 1 | 早期注意情報 | 災害への心構えを高める |
| 2 | 大雨・洪水注意報 | ハザードマップで避難先を再確認 |
| 3 | 高齢者等避難 | 高齢者・乳幼児のいる家庭は避難開始 |
| 4 | 避難指示 | 危険な場所から全員避難 |
| 5 | 緊急安全確保 | 命を守る行動を直ちにとる |
レベル5は災害がすでに発生または切迫している状態を示します。レベル4までに避難を完了させることが原則です。
マイ・タイムラインの作成#
「いつ」「誰が」「何をするか」を事前に時系列で整理する避難行動計画が「マイ・タイムライン」です。名古屋市防災アプリにはマイ・タイムライン作成機能が搭載されています。
以下の3ステップで作成します。
- リスクを確認する — なごやハザードマップで自宅の浸水深・液状化リスク・津波リスクを確認
- 避難方法を決める — 浸水深3.0m以上は立ち退き避難が必須。津波避難ビルの場所と経路を確認
- タイミングを決める — 警戒レベルに合わせて「レベル3で高齢者・乳幼児は避難開始」「レベル4で全員避難完了」のように、家族の役割分担を時系列で整理する
庄内川(天白川等)では、上流の雨量が急増してから市内の水位が危険水位に達するまでの時間は短く、行政の避難指示発令が水位上昇に追いつかないケースもあります。河川の水位情報をリアルタイムで確認しながら、自律的に先行避難を判断する姿勢が重要です。
名古屋市の独自の防災対策#
名古屋市は東海豪雨などの教訓をもとに、インフラ整備(ハード面)と情報システム(ソフト面)の両面で防災対策を進めています。
| 施設・事業 | 内容 |
|---|---|
| 1時間60mm対応の雨水貯留施設 | 東海豪雨を教訓に策定された「緊急雨水整備基本計画」に基づき、主要幹線道路地下に大規模な雨水貯留施設とポンプ所を整備 |
| 総合防災情報システム(IDPIS) | 防災指令センターを中心に、高所監視カメラ・雨量計・河川水位計をネットワーク化し、リアルタイムで意思決定を支援 |
| 同報無線のデジタル化 | 市内177か所の屋外スピーカーをデジタル化完了。音質・到達距離を改善 |
| 海抜表示の設置 | 港区・南区など液状化・津波リスクの高い地域の電柱に海抜表示を設置。日常的な防災意識の向上を図る |
| 地区防災カルテの作成支援 | 各地域(学区単位)が自身の災害リスクを書き込んだ「地区防災カルテ」の作成を自治体が支援 |
| 企業向け「BOSAI START BOOK」 | 市内中小企業向けに従業員の安全確保・BCP策定を促す啓発冊子を作成・配布 |
| 災害時物資供給協定 | ユニー・イオン・コンビニエンスストア等約33社と協定を締結。発災4日目以降の物資調達を担保 |
防災チェックリスト#
ここまでの内容を踏まえ、名古屋市民が確認しておくべき項目を一覧にまとめました。
備蓄の目安は、水が1人1日3リットル、非常用トイレが1人1日5回分で、日数は1週間分が基準です。低地・海抜ゼロメートル地帯にお住まいの方は、ビニール袋に水を入れた「水のう」による排水口の逆流防止対策もあわせて確認してください。
| 確認 | 項目 |
|---|---|
| ☐ | なごやハザードマップで自宅の洪水・高潮・津波・液状化リスクを確認した |
| ☐ | 自宅が海抜ゼロメートル地帯・軟弱地盤エリアかどうかを把握した |
| ☐ | 最寄りの避難所と、水害時に使えるかどうかを確認した |
| ☐ | 最寄りの津波避難ビルの場所と経路を確認した(沿岸部の方) |
| ☐ | マイ・タイムラインを作成した |
| ☐ | 家族で避難のタイミングと集合場所を決めた |
| ☐ | 名古屋市防災アプリ・Yahoo!防災速報を登録した |
| ☐ | 緊急速報メール(エリアメール)が受信できる設定か確認した |
| ☐ | 地震保険の加入状況を確認した |
| ☐ | 家具の転倒防止をした |
| ☐ | 1週間分の水・食料・トイレを備蓄した |
| ☐ | 排水口の逆流対策を確認した(低地の方) |



