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過去の地震・震災の教訓

令和6年能登半島地震の振り返りと教訓|2024年の被害・時系列・備えへの意識変化

更新 2026年4月16日

2024年(令和6年)1月1日16時10分、石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6の地震が発生しました。輪島市・志賀町で最大震度7を観測し、死者は災害関連死を含め約600名に上り、能登地方を中心に広範囲で住家被害が発生しています。

(出典:石川県被害報告(第204報)

元旦の夕刻という発災タイミングと、三方を海に囲まれた半島の地理的制約が重なり、被害の拡大と初動対応の困難さを生んだ点でこの地震は防災史上際立った存在です。加えてSNS時代特有のデマ拡散という、現代の災害対応に新たな課題を突きつけた震災でもあります。

地震の概要と被害データ
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基本情報
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項目データ
発生日時2024年(令和6年)1月1日(月)16時10分
震源石川県能登地方(深さ約16km)
規模マグニチュード7.6(暫定値)
最大震度7(石川県 輪島市、志賀町)
地震の型内陸地殻内地震(2020年12月から続く群発地震活動の最大規模)

(出典:内閣府 令和6年能登半島地震の概要

本震の4分前の16時06分にはM5.7(最大震度5強)の地震が発生しており、短時間での連続した揺れが建物へのダメージを累積させたと考えられます。(出典:石川県広報

人的・物的被害
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項目数値
死者(災害関連死含む)594名
うち災害関連死364名(61.3%)※
負傷者1,300名超
住家全壊約6,520棟
住家半壊・一部損壊15万棟超
最大停電戸数約44,000戸
最大断水戸数約136,000戸

※災害関連死とは、地震の揺れや建物倒壊などの直接的な被害ではなく、避難生活の過酷さ・持病の悪化・長引く避難所生活によるストレスなど、災害との因果関係が認められ市町村の審査会を経て認定された死亡のことを指します。

(出典:石川県被害報告(第204報)内閣府 令和6年版防災白書

死因の分析
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死者594名のうち364名(約61%)が災害関連死という数字は、避難生活そのものが命に直結していた現実を示しています。

死因の区分割合・人数備考
建物倒壊による圧死(直接死)直接死の約58.1%が70代以上耐震化率の低さと高齢化が重なった
低体温症・凍死直接死の13.7%厳冬期発災と暖房燃料不足の影響
災害関連死(循環器系疾患)関連死の34%避難環境悪化による持病の悪化
災害関連死(呼吸器系疾患)関連死の33%不衛生な避難環境と感染症

(出典:石川県被害報告(第204報)内閣府 令和7年版防災白書

災害関連死の約80%を80代以上が占めており、避難生活そのものが生命を脅かす環境となっていたことが数字に表れています。熊本地震でも災害関連死が深刻な問題となりましたが、能登半島地震でもその課題が繰り返されています。

発災から復興始動までの時系列
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発災直後〜3日間(救命期)
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日時出来事
1月1日 16:06前震発生(M5.7、最大震度5強)。緊急地震速報が発表される
1月1日 16:10本震発生(M7.6、最大震度7)。家屋倒壊・火災・ライフライン寸断が多発
1月1日 16:12石川県能登地方に津波警報発表
1月1日 16:22大津波警報に切り替え。沿岸部で避難が始まる
1月1日 夕刻官邸対策室設置、特定災害対策本部設置、自衛隊に災害派遣要請
1月1日 22:40非常災害対策本部へ格上げ
1月2日 10:00津波注意報がすべて解除
1月2〜3日道路87箇所で寸断。33地区・最大3,345人が孤立状態に。国からの支援物資第1便が石川県産業展示館に到着
1月3日対口支援(カウンターパート方式)が開始。全国自治体職員が避難所運営に入り始める

(出典:内閣府 令和6年能登半島地震対策検討ワーキンググループ消防庁 令和6年版消防白書

支援物資は被災地からの要請を待たず国が先手を打って送り、迅速に金沢の中継拠点へ到着したものの、そこから奥能登の各避難所へ届けるラストマイル(中継拠点から最終配送先までの末端輸送区間)の輸送が滞りました。道路寸断・車両不足・運転手不足が重なり、物資は拠点に山積みになりながら末端に届かないという「目詰まり」が生じました。

1週間〜1か月(避難期)
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日時出来事
1月4日孤立集落の住民へのヘリコプターによる集団避難が開始
1月4〜6日奥能登2市2町への緊急アクセスルートが確保される
1月6日「被災者生活再建支援法」が全市町に適用。二次避難(ホテル等)の案内が始まる
1月8〜9日「いしかわ総合スポーツセンター」に1.5次避難所を開設。政府予備費(約47億円)の支出決定
1月11〜12日激甚災害・特定非常災害に指定。応急仮設住宅の着工が始まる
1月17〜19日奥能登の中学生144人が白山市・金沢市へ集団避難。孤立集落が実質的に解消
1月27日のと里山空港で民間便が週3日で再開
1月31日輪島市で全国初の応急仮設住宅(18戸)が完成

(出典:内閣府 令和6年能登半島地震の概要

ライフラインの復旧状況には大きな差がありました。

ライフライン応急復旧までの期間
電気約2週間(1月中旬にほぼ復旧)
電話・通信一部地域で数週間〜数か月
水道(輪島市・珠洲市)約5か月(5月末まで)
水道(その他被災地域)数週間〜数か月

(出典:内閣府 令和6年版防災白書

1か月〜半年(仮設住宅・復興始動期)
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時期出来事
1月末政府が「令和6年能登半島地震復旧・復興支援本部」設置
1月25日〜「被災者の生活と生業支援のためのパッケージ」決定。政府予備費は8回の支出で累計8,217億円に到達
5月末輪島市・珠洲市の水道本管の復旧
9月20日奥能登豪雨が発生。輪島市で501mm、珠洲市で394mmの記録的大雨。28河川が氾濫し、仮設住宅222戸が床上浸水。17名が死亡する二次災害に

(出典:内閣府 令和7年版防災白書石川県被害報告(第204報)

9月の奥能登豪雨は、地震で地盤が緩んでいた地域に追い打ちをかけました。完成したばかりの仮設住宅が水につかり、二重の被害を受けた住民の精神的ダメージは計り知れないものがありました。この「マルチハザード」(複合災害)は、地震被害の復旧中に別の自然災害が重なるリスクを正面から突きつけた事例として記録されています。

発生条件がもたらした特有の問題
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元日の夕刻という発生タイミング
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1月1日16時10分という発災時間は、複数の面で対応を困難にしました。

次に人口の問題です。帰省や観光で多くの人が能登を訪れる時期であったため、平常時の人口を大きく上回る人々が被災しました。(出典:日本大学 危機管理学研究)避難所には想定以上の人数が殺到し、備蓄物資が早期に底をつく事態が各地で発生しました。

また夕刻の発災であったことから、多くの家庭でガスや電気を使って料理中でした。輪島朝市周辺で発生した大規模火災は、こうした火気使用中のタイミングと無関係ではありません。焼損面積は約49,000平方メートル、約240棟が焼失しました。倒壊家屋が消防車の進路を塞ぎ、断水で消火栓が使えない状況が重なり、延焼を止められない状態が続いています。(出典:輪島市 復興まちづくり計画資料

1月の厳冬期であったことによる問題
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北陸の1月は積雪と氷点下が日常の季節です。直接死の死因の13.7%が低体温症・凍死であったことは、この季節的条件を端的に示しています。(出典:内閣府 令和7年版防災白書

半島という地理的制約
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能登半島は三方を海に囲まれ、奥能登への主要ルートは国道249号と「のと里山海道」に限られています。この幹線道路が87箇所で土砂崩れや地割れにより寸断されたことで、陸路による支援が完全に断たれました。

孤立集落は最大33地区・3,345人に上りました。重機の搬入もままならず、生存者の救出はヘリコプターと海路・徒歩による人力輸送に頼らざるを得ない期間が続きました。(出典:内閣府 令和6年能登半島地震対策検討ワーキンググループ

また、最大約4メートルの地盤隆起により鹿磯漁港や輪島港が陸化しました。(出典:国土地理院)陸路が断たれた状況で海からの支援を模索していた対策本部にとって、港湾機能の喪失は想定外の打撃でした。半島地形が持つ支援ルートの脆弱性を「ペニンシュラ・リスク」と呼ぶ研究者もおり、この事例はそのリスクが現実化した典型例として防災研究に記録されています。

なお、住宅の耐震化率の低さも被害を大きくした要因の一つです。能登半島は過疎化・高齢化が進行し、経済的な理由から耐震改修が進みにくい地域でした。2020年12月以来の群発地震で既に損傷を受けていた建物が、M7.6の本震で倒壊したケースも多く確認されています。(出典:内閣府 令和7年版防災白書

SNS時代のデマ拡散
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スマートフォンとSNSが日常に溶け込んだ現代に特有の問題が顕在化しました。X(旧Twitter)などのSNS上で「助けてください」といった架空の救助要請や、過去の別の災害の画像を流用した偽情報が大量に拡散されました。(出典:総務省 令和6年版情報通信白書

消防や警察はこうした虚偽の投稿に対応するためにリソースを割かざるを得ず、実際の救助活動の妨げとなりました。デジタル空間における誤情報の拡散そのものが、被災地への「二次被害」をもたらすという新たな課題が、この震災ではじめて大規模に可視化されたのです。

一方で、通信衛星「Starlink(スターリンク)」が民間企業の協力により孤立集落に持ち込まれ、地上の通信インフラが破壊された状況での安否確認や物資要請を支えました。(出典:内閣府 令和7年版防災白書)SNSがデマの温床になった一方で、新技術が命をつなぐ通信手段になったという両面が同時に起きた点は、現代の情報環境の複雑さを示しています。

家族と連絡がつかない事態を想定し、公衆電話の場所の確認、災害用伝言ダイヤル(171)の使い方、連絡がつかない場合の集合場所を事前に決めておくことが、現在も変わらず有効な備えです。

震災時の困りごとと想定外のトラブル
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長期断水とトイレ問題
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最大約136,000戸に達した断水は、輪島市・珠洲市では5か月にわたって続きました。浄水場の損壊と山間部の水道管の広範囲な破断が重なり、復旧には時間がかかりました。

水洗トイレが使えなくなった避難所では、便器が排泄物で溢れかえる状態になったことが、内閣府の検討ワーキンググループ報告や現地で支援にあたった日本トイレ研究所の調査でも記録されています。(出典:内閣府 令和6年能登半島地震対策検討ワーキンググループ報告日本トイレ研究所 災害時のトイレ調査ピースウィンズ・ジャパン「避難所のトイレ問題」)不衛生な環境を避けようと水分や食事を控えた被災者に、脱水症状やエコノミークラス症候群(長時間の同じ姿勢で静脈に血栓ができる症状)、持病の悪化が相次ぎました。トイレ問題は衛生課題にとどまらず、災害関連死と直結していた点で阪神・淡路大震災と同じ構造的問題を繰り返したことになります。

医療・福祉施設の被災
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石川県内で多くの医療施設や高齢者福祉施設が物理的被害を受けました。DMAT(災害派遣医療チーム:医師・看護師・業務調整員で構成され、災害発生直後から急性期の医療救護にあたる専門チーム)やDPAT(災害派遣精神医療チーム:精神科医を中心に、被災者の心のケアや精神科医療の継続を担うチーム)が派遣されましたが、医療機関そのものが被災した地域では機能が著しく低下しました。耐震化が進んでいたはずの水道管も、地盤の隆起や沈下により継ぎ手部分が破断し、断水を引き起こしました。医療機関が水のない状態で機能を維持することの困難さが改めて浮き彫りになっています。

二次避難をめぐる葛藤
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長引く断水・停電・寒さに加え、感染症拡大のリスクが高まったことから、ホテルや旅館などへの「二次避難」が推進されました。しかし、故郷を離れることへの精神的抵抗感、要介護者を抱える家庭の移動困難、顔なじみのコミュニティが分断されることへの懸念から、移動をためらう被災者も多く見られました。(出典:三菱総合研究所 二次避難に関する分析

仮設住宅の建設が進む一方、できた住宅に元の地域のつながりを維持したまま移れるかどうかは不確かで、阪神・淡路大震災の仮設住宅でのコミュニティ分断と孤独死の教訓が、30年後の能登でも同じ形で問われました。

支援物資の「目詰まり」
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国が大量の支援物資を金沢市の中継拠点へ送ったにもかかわらず、奥能登の各避難所まで届けるためのトラックと運転手が不足し、道路損壊も重なって物資が「目詰まり」を起こしました。(出典:内閣府 能登半島地震対策検討ワーキンググループ報告)避難所では水や食料が届かない状態が続き、「物は中継地にある、でも来ない」というもどかしい状況が長く続きました。物流のラストマイル輸送の脆弱性は、以前から指摘されてきた課題であったにもかかわらず、実際の大規模災害時に有効な解決策がなかったことが明らかになっています。

この地震を機に変わった制度と意識
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制度・技術面の変化
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分野震災前震災後に確立された方向性・制度
避難所環境体育館の床に毛布を敷く雑魚寝が標準TKB(トイレ・キッチン・ベッド)の初期段階からの整備が国の指針に
広域避難被災地内の避難所を基本とする二次避難(被災自治体の枠を超えてホテル・旅館等へ移動)の仕組み化が進展
自治体間支援個別の協定に基づく支援が中心対口支援(カウンターパート方式)の定着。63都道府県市が能登6市町を支援
通信インフラ地上系固定回線・基地局への依存衛星通信(Starlink等)の災害時活用が標準化の方向へ
物資輸送要請に応じてプル型で送るプッシュ型支援の定着。ただしラストマイル問題は課題として残る
高齢者支援福祉避難所の整備が個別自治体の判断個別避難計画の策定促進。超高齢化地域での受援体制の強化が急務に
情報管理SNS情報の信頼性評価の仕組みが未整備デジタル空間の偽情報対策が防災課題として正式に認識される

(出典:内閣府 令和6年版防災白書内閣府 令和7年版防災白書

TKBと避難所の質的転換
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「TKB」という言葉がこの震災を機に広く知られるようになりました。T(トイレ)、K(キッチン・温かい食事)、B(ベッド・段ボールベッドなど)を指し、避難所開設の初期段階からこの3要素を整備することを国が方針として打ち出しています。(出典:内閣府 令和6年版防災白書

阪神・淡路大震災から30年が経過しても「体育館の床に毛布」という避難所の姿が変わっていなかったことへの反省が、この震災で一気に表面化しました。関連死が全死者の6割以上を占めたという事実は、避難所環境の改善が「快適さ」の問題ではなく「生死」に関わる問題であることを示しており、認識が改まりつつあります。

受援力と個別避難計画
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能登半島地震では、被災自治体の職員数が限られており、支援を受け入れるための調整(受援)すらままならない状態が生じました。外部からの支援を円滑に受け入れるための「受援計画」を平時から策定しておくことの重要性が、改めて浮き彫りになっています。(出典:内閣府 令和7年版防災白書

同時に、自力での避難が困難な高齢者・障害者など「要配慮者」を誰がどう支援するかを事前に取り決めた「個別避難計画」の策定が急務とされています。超高齢化が進む地域ほど要配慮者の割合が高く、支援する側の人手は少ないという矛盾が能登では極限の形で現れました。

防災DXの実装
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衛星通信・ドローン・自動車走行データを活用した「通れるマップ」など、民間技術が災害対応で本格的な役割を果たしました。ドローンは土砂崩れで近づけない危険なエリアの被害把握や、孤立集落への医薬品など小型物資の輸送に活用されています。(出典:内閣府 令和7年版防災白書)これらの新技術(防災DX)を災害対応の標準として組み込むことが、今後の課題として位置づけられています。

個人として取るべき備えと震災時の行動
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ここまで紹介した課題は、制度や行政の動きに関するものが中心でしたが、制度だけで命を守れるわけではありません。実際に能登半島地震で生き延び、避難生活を乗り切るうえで機能したのは、家庭単位での事前準備と、発災直後の判断でした。ここでは、震災前にやっておくべきことと、震災時の動き方を整理します。

平時にやっておくべき備え
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  • 住宅の耐震化とリスク把握:旧耐震基準(1981年5月以前)の建物に住んでいる、または群発地震が続く地域で暮らしている場合は、耐震診断と必要に応じた改修を優先してください。自治体の補助制度を活用できるケースも多くあります。家具・家電の転倒防止金具やガラス飛散防止フィルムの施工は、費用を抑えて即効性のある命を守る備えです。
  • 7日分の飲料水・非常食・簡易トイレの備蓄:水は1人1日3リットル×7日分、食料は火を使わずに食べられるものを中心に、簡易トイレは1人1日5回×7日分が目安です。能登では孤立集落で1週間以上支援物資が届かない状況が続きました。「最低3日・できれば7日」が現実的な備蓄量です。
  • 厳冬期の停電・断水への備え:カセットガスヒーター・湯たんぽ・防寒着・寝袋・アルミブランケットなど、電気を使わずに暖をとれる手段を1人分確保します。能登の直接死の13.7%が低体温症・凍死でした。暖をとれるかどうかは生死に関わります。
  • 家族の連絡手段・集合場所の事前取り決め:災害用伝言ダイヤル(171)、災害用伝言板(web171)の使い方を家族全員で実際に体験しておきます。通話がつながらなくなることを前提に、「地震が起きたらまずどこに集まるか」を第1候補・第2候補まで決めておくことが、帰省先や旅行先でも有効です。
  • 近隣の要配慮者の把握:高齢の一人暮らし世帯、障害のある方、乳幼児のいる家庭など、自力避難が困難な方の状況を町内会単位で共有しておきます。能登では関連死の8割が80代以上でした。地域で声をかけ合える関係が、命をつなぐ力になります。

震災発生時の動き方
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  • 揺れている最中:丈夫なテーブルの下に身を隠し、頭部を守ります。火元に近づかない、窓やガラス製品から離れることを優先します。揺れが収まる前に玄関へ走り出すと、転倒や落下物による怪我の原因になります。
  • 揺れが収まった直後(数分以内):火の始末、出口の確保(玄関ドアを開けて避難路をつくる)、家族の安否確認、テレビやラジオ・防災アプリで津波情報を確認。沿岸部では津波警報が出る前に、揺れの大きさで即座に高台避難を開始します。能登では発災2分後の16時12分に津波警報が発表されました。
  • 発災後〜数時間:負傷者の応急手当、近隣の安否確認、正確な情報源(気象庁・自治体・NHK)に情報を絞り、SNSの未確認情報は拡散しないこと。停電している場合は冷蔵庫の開閉を最小限にし、ブレーカーを落としてから避難すると通電火災を防げます。
  • 発災後〜数日:避難所か在宅避難かを判断します。自宅の安全が確認できれば、在宅避難(備蓄で自宅で過ごす)の方が衛生環境・プライバシー・感染症リスクの面で有利な場合もあります。避難所に移る場合は、自分用のスリッパ・毛布・簡易トイレ・薬を持参すると生活の質が段違いに上がります。

行政の対応には限界があり、発災直後の72時間は「自助・共助」で乗り切る必要があります。平時の備えが、その72時間の過ごし方に大きく影響します。

防災チェックリスト
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能登半島地震の教訓から、特に優先度の高い備えを以下に整理しました。水は1人1日3リットル×7日分、簡易トイレは1人1日5回×7日分が備蓄の目安です。

項目能登半島地震との関連
住宅の耐震診断を受ける(旧耐震基準の建物・群発地震が続く地域は特に優先)耐震化率の低さと群発地震のダメージ蓄積が倒壊を多発させた
簡易トイレ・携帯トイレを1人分5回×7日分以上備蓄する最長5か月の断水でトイレが使えず、水分制限による健康被害が多発
飲料水・非常食を最低3日分、できれば7日分備蓄する孤立集落では支援物資が届くまで数日〜1週間以上かかった
暖房器具の燃料(灯油・カセットガス等)を余分に備蓄する厳冬期の断熱不十分な避難所で低体温症・凍死が直接死の13.7%に
家族との連絡手段・集合場所を事前に決める(伝言ダイヤル171の使い方も確認)通信インフラが損壊し、SNSのデマも拡散。公的情報源の確認手段を決めておく
SNS情報を鵜呑みにせず、公的機関(気象庁・自治体等)の発表を確認する習慣をつける架空の救助要請や偽情報の拡散が救助活動のリソースを奪った
近隣の高齢者・障害者の状況を把握し、避難支援の役割を地域で決めておく超高齢化地域で要配慮者の避難が滞り、関連死の8割が80代以上だった
帰省・旅行先でも地域の避難場所を確認してから行動する正月帰省客が多く、地理不案内な被災者が避難所を見つけられないケースがあった
🛡 防災士からのメッセージ
令和6年能登半島地震では、建物倒壊による直接の犠牲に加え、避難生活の過酷さで命が失われる「災害関連死」が大きな比重を占めました。住宅の耐震化と、避難後の環境を支える備え、その両輪がそろって初めて命を守ることができます。水とトイレと温かさ、この3つが避難所で初期から確保されるかどうかは、制度設計だけでなく、自分自身の備えにもかかっています。簡易トイレと7日分の飲料水は今すぐ手配できます。帰省先や旅先で被災することを想定した家族との連絡手段の確認は、5分でできます。上のチェックリストを手がかりに、一つずつ始めてください。

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