メインコンテンツへスキップ
  1. TOP /
  2. 過去の災害・教訓 /
  3. 熱海土石流(令和3年伊豆山)
過去の大規模災害の教訓

熱海土石流(令和3年伊豆山)の被害と教訓|違法盛り土と28名の犠牲が生んだ盛土規制法の制定

更新 2026年4月27日

2021年(令和3年)7月3日午前10時30分頃、静岡県熱海市伊豆山地区を流れる逢初川(あいぞめがわ)の上流部で大規模な土石流が発生した。土石流とは、山の斜面や川底の土砂が長雨などにより水と混合して急速に下流へ押し流される現象を指す。伊豆山では源頭部に積み上げられていた違法な盛り土が、72時間で411.5mmに達した記録的な雨水を吸収して崩落したことが主因とされている。28名が亡くなり(うち災害関連死1名)、136棟が被害を受けた。(出典:FNNプライムオンライン

災害関連死とは、災害による直接的な被害ではなく、避難生活の過酷さや持病悪化など間接的な影響で亡くなったと市町村審査会で認定されたケースを指す。

この場所はあらかじめ「土砂災害警戒区域」に指定されていたにもかかわらず、被害を防ぐことができなかった。不適切な盛り土の放置を可能にした法規制の空白と行政対応の問題が浮き彫りになった。この災害の後、盛土規制法の制定へ向けた議論が始まった。(出典:YouTube 熱海土石流関連映像

この記事では、被害の全容、発災後1か月の時系列、被害拡大の複合的な要因、そして熱海の災害が変えた盛土規制と個人の備えを整理する。

災害の概要と被害データ
#

基本情報
#

項目データ
発生日時2021年(令和3年)7月3日 午前10時30分頃
発生地静岡県熱海市伊豆山地区 逢初川(あいぞめがわ)源頭部
72時間降水量411.5mm(熱海市網代、7月平年値の約1.7倍)
起因源頭部の違法盛り土の崩落
指定区域土砂災害警戒区域(発災前から指定済み)

(出典:YouTube 熱海土石流関連映像、一般財団法人 地方自治研究機構 報告書)

人的・物的被害
#

項目数値
犠牲者28名(うち災害関連死1名)
被害家屋136棟(全壊・半壊含む)
避難継続世帯(2024年7月時点)32世帯63人

(出典:FNNプライムオンライン

被害拡大の複合要因
#

要因内容
地形逢初川源頭部は急峻な谷地形。崩落した土砂が加速しながら市街地へ到達
盛り土の性状産業廃棄物が混じった不均一な土砂。締固めが困難な粘性土・泥土を含む
法規制の空白「処分型盛り土」を包括的に規制する法律が実質的に存在しなかった
行政の不作為盛り土の届出超過・危険性を把握しながら措置命令を出さなかった

(出典:一般財団法人 地方自治研究機構「建設発生土規制をめぐる自治体の対応と今後の課題に関する調査研究」報告書)

発災後1か月の時系列
#

発災直後〜3日間(救命期)
#

日時出来事
7月3日 10時30分頃逢初川上流部で土石流が発生し市街地を直撃
7月3日静岡県・熱海市が災害対策本部を設置。自衛隊が災害派遣
7月5日 20時30分静岡県が安否不明者64名の氏名・住所(大字まで)・性別を公表(発災から約58時間後)
7月6日公表から1日後までに41名の安否を確認。捜索範囲を大幅に絞り込む

(出典:静岡県 氏名公表方針YouTube 安否確認関連映像

氏名公表に踏み切った背景には、観光地特有の事情があった。熱海市は別荘利用者や週末滞在者が多く、住民票を移さない居住者が相当数おり、住民基本台帳だけでは在宅者を把握できない。静岡県は個人情報保護条例(第6条第2項第3号)の「人の生命、身体又は財産の保護のために緊急に必要があるとき」という規定を根拠にこの決断を下した。公表から1日で41名の安否が判明した。(出典:静岡県 氏名公表方針

1週間〜1か月(避難期)
#

日時出来事
7月上旬観光地の強みを活かし民間ホテルを避難所として活用(コロナ禍でプライバシーを確保)
7月以降静岡県が「被災者支援コーディネーター」を派遣。避難所内の情報孤立に対処
7月以降行政と警察の安否情報の照合作業が継続。情報共有の手続き差異が課題として浮上

(出典:被災者支援コーディネーター活動報告

ホテル避難は感染症対策とプライバシー確保の面では有効だったが、被災者が個室に閉じこもることで情報の孤立やコミュニティの分断が生じた。静岡県は被災者支援コーディネーターを派遣した。避難者の孤立防止と生活再建を専門に担う役職で、社会福祉や地域支援の実務経験を持つ人材が都道府県の要請を受けて避難所に入る。コーディネーターは各部屋を巡回して被災者の状況を把握しつつ、共用スペースで定期的な情報交換の場を設けた。女性限定の交流会など属性別のニーズに応じた集まりを重ねることで、被災者同士の自律的な支援活動が生まれた。(出典:被災者支援コーディネーター活動報告

1か月〜(法的対応・制度変革期)
#

時期出来事
2021年以降被災者遺族らが前後の土地所有者・静岡県・熱海市に対し総額約70億円の損害賠償訴訟を提起
2022年5月「盛土規制法(宅地造成及び特定盛土等規制法)」成立
2023年5月盛土規制法が施行
2024年7月時点発災から3年後も32世帯63人が避難継続。提訴から2年で公開法廷わずか2回

(出典:FNNプライムオンライン、一般財団法人 地方自治研究機構 報告書)

発生条件がもたらした特有の問題
#

発生時期の問題:梅雨と停滞前線による記録的降水
#

発災直前、停滞した梅雨前線の影響で熱海市網代の72時間降水量が411.5mmに達した。7月の平年値の約1.7倍に相当する。長時間にわたる大量の降水が、谷を埋める不安定な盛り土に浸透したことが崩落のトリガーになった。(出典:YouTube 熱海土石流関連映像

梅雨期は大雨が止んでも飽和した斜面の不安定さが続き、二次崩落のリスクが残る。

地域特性の問題:観光地と居住実態の乖離
#

別荘やリゾートマンションの利用者は住民票を移していないことが多い。この居住実態の多様性が安否確認の障壁になり、安否不明者の特定に時間を要した(詳細は前章の時系列を参照)。(出典:YouTube 安否確認関連映像

別荘地のコミュニティは町内会への加入率が低い傾向があり、支援物資や罹災証明に関する情報の伝達にも格差が生じた。(出典:被災者支援コーディネーター活動報告

時代背景の問題:「処分型盛り土」を規制する法律の空白
#

熱海の盛り土は、宅地開発ではなく建設残土・産業廃棄物の処分場として機能していた。従来の「旧宅地造成等規制法」や「森林法」は、何らかの土地利用を目的とした「開発型盛り土」を前提としており、単に土砂を捨てるための「処分型盛り土」は規制の網から漏れていた。(出典:一般財団法人 地方自治研究機構 報告書)

静岡県条例も実質的に届出制に近い運用で、行政が強制的に是正を求めるハードルが高かった。罰則は最大20万円以下に過ぎず、危険な盛り土の実効的な抑止力にならなかった。(出典:一般財団法人 地方自治研究機構 報告書)

現在も変わらないリスク
#

土砂災害警戒区域の指定は危険の「警告」であり、崩落を防ぐ物理的な対策ではない。熱海の発生場所もまた、発災前から警戒区域に指定されていた。

前兆現象に気づいたら、避難指示を待たずに行動に移すことが求められる。土石流の本体は数十秒で到達することがあり、気づいてから逃げる時間的余裕はほとんどない。

家族との連絡手段と集合場所を事前に決めておくことに加え、大雨時に自宅周辺の斜面や川の状況を定期的に確認する習慣が、早期避難につながる。

発災時の困りごとと想定外のトラブル
#

安否確認の「壁」と行政・警察の情報摩擦
#

時系列で述べた氏名公表の決断に至るまでの過程では、行政と警察が保有する情報の照合に実務的な摩擦が生じた。警察側は届出人の意思確認を慎重に行う必要があり、公表へのプロセスに差異が生まれた。(出典:静岡県 氏名公表方針

この摩擦は「個人情報の扱いを誰が・どの権限で決めるか」という組織間の壁を浮き彫りにした。大規模広域災害への備えとして、事前の調整手続きをいかに整えるかが課題として残った。

行政文書の「黒塗り」と訴訟の停滞
#

被災者遺族らにとって困難だった課題の一つが、真相究明における情報開示の壁だった。静岡県・熱海市を対象とした訴訟において、開示された公文書の多くが黒塗りとなっており、提訴から2年で公開法廷はわずか2回にとどまった。(出典:FNNプライムオンライン

新たに着任した裁判長が「2024年度中に責任の所在を決着させたい」と審理の迅速化を約束したことが報告されている。(出典:FNNプライムオンライン

避難所内の情報孤立とコミュニティの分断
#

民間ホテルが避難所として活用されたことで感染対策は確保されたが、個室での生活が「情報の孤立」を招いた。支援内容や復旧情報が部屋に閉じこもる被災者に届きにくく、別荘地の移住者や単身世帯が情報から取り残される傾向があった。(出典:被災者支援コーディネーター活動報告

コーディネーターの介入により被災者が主体的に支援活動を行う場が生まれたが、これは事後的な対応だった。平時からのコミュニティのつながりが、情報の断絶を分けた。

行政の不作為と予見可能性
#

行政側は責任を全面的に否定しているが、現場が土砂災害警戒区域に指定されており、盛り土の届出超過・産業廃棄物の混入を当局が把握していた以上、崩落の「予見可能性」は存在したと専門家から指摘されている。(出典:YouTube 熱海土石流関連映像

森林法・砂防法・旧宅地造成等規制法に基づいた実効性ある措置命令がなぜ発出されなかったのか。この問いへの答えは現在も司法の場で争われている。

この災害を機に変わった制度と意識
#

制度・技術面の変化
#

分野被災前被災後に確立された制度・対応
盛り土規制処分型盛り土を包括的に規制する法律がなく、条例は届出制・罰則最大20万円盛土規制法(2023年5月施行):土地用途を問わず全国一律規制。罰則は3年以下の懲役または1,000万円以下の罰金、法人は3億円以下
安否確認住民票ベースの確認が基本。氏名公表の判断基準が不明確静岡県が個人情報保護条例に基づく氏名公表の判断基準と手順を明文化
避難所運営集会所・公民館が主体。ホテル型避難所の運営ノウハウが乏しいホテル型避難所での情報孤立に対処するコーディネーター派遣モデルを確立
前兆現象の啓発土砂災害警戒情報・ハザードマップの周知が中心気象庁「キキクル(危険度分布)」の積極活用推進。前兆現象の周知強化

(出典:一般財団法人 地方自治研究機構 報告書、FNNプライムオンライン

盛土規制法(2022年5月成立・2023年5月施行)の変化
#

「盛土規制法(正式名称:宅地造成及び特定盛土等規制法)」の制定が、制度面での転換点になった。

従来の法制度は土地の用途(宅地・森林・農地)ごとに異なる法律が対応しており、処分型盛り土は規制の空白域に置かれていた。新法では土地の用途を問わず「危険な盛り土」を全国一律の基準で規制できるようになった。「宅地造成等工事規制区域(市街地等)」と「特定盛土等規制区域(斜面地等)」の二つの区域が設定され、特に後者は伊豆山のような「上流部での崩落が下流に人的被害を及ぼすリスク」を想定して新設された。(出典:一般財団法人 地方自治研究機構 報告書)

安否不明者の氏名公表:他自治体への波及
#

静岡県が決断した氏名公表(発災58時間後、不明者64名)は、後に他自治体が同様の判断を迫られた際の先例になった。「プライバシー保護より人命救助を優先する」という判断基準の明文化は、大規模土砂災害における初動対応の重要な論点として定着した。(出典:静岡県 氏名公表方針

「前兆現象」への意識変化
#

気象庁が提供する「キキクル(危険度分布)」は大雨時の土砂災害危険度をリアルタイムで把握できるツールで、積極的な活用が推奨されるようになった。「ハザードマップを見るだけでは不十分」という教訓が、前兆現象の啓発強化につながった。(出典:YouTube 熱海土石流関連映像

個人として取るべき備えと発災時の行動
#

平時にやっておくべき備え
#

  • ハザードマップで自宅・職場・通勤経路の土砂災害警戒区域を確認する
  • 自宅周辺の斜面・沢・崖の位置を把握し、大雨時の避難経路を事前に歩いて確認する
  • 気象庁「キキクル(危険度分布)」の使い方を覚え、スマートフォンにブックマークする
  • 家族との緊急連絡手段と集合場所を事前に決める(観光地滞在中も含む)
  • 別荘・リゾートマンションを利用する場合は地域の避難場所と連絡先を把握しておく

発災時の動き方
#

大雨が続いているとき(早めの行動が命を守る)
気象庁「キキクル」で自宅周辺の土砂災害危険度を確認する。警戒レベル3(高齢者等避難)が出たら移動を始める。土砂災害警戒区域内に住む場合は、警戒レベル4(避難指示)を待たずに動き始めてよい。

前兆現象を感じたらすぐに離れる
「地鳴り・山鳴り」「立木が裂ける音」「斜面からの湧水の増加」「井戸水の急な濁り」「崖のひび割れ」を感じたら、その場から即座に離れる。土石流の本体は到達まで数十秒のことがある。確認している時間はない。(出典:YouTube 熱海土石流関連映像

避難後〜数日
避難指示が解除されても斜面が水分を多く含んでいる間は危険が続く。「雨が止んだ=安全」ではない。行政の情報を確認してから帰宅を判断する。

1週間以降(避難が長期化する場合)
熱海では発災3年後も避難を続けた世帯があった。長期避難では情報の孤立や精神的な疲弊が課題になる。避難所や仮設住宅での近隣とのつながりを保つことが重要な支援ニーズになる。

土砂災害への備えチェックリスト
#

土石流は発生してからでは逃げる時間がほとんどない。前兆現象を知り、警戒レベルに応じて早めに動く準備を日頃から整えておくことが重要だ。水・食料は最低3日分、避難の長期化に備えて可能なら1週間分を目標にする。

項目熱海市伊豆山土石流との関連
ハザードマップで自宅周辺の土砂災害警戒区域を確認する発災地点は事前に警戒区域に指定されていたが、居住者への周知が不十分だった
気象庁「キキクル」をスマートフォンにブックマークしておく大雨時の土砂災害危険度をリアルタイムで把握することが早期避難の第一歩
土砂災害の前兆現象(地鳴り・湧水増加・崖のひび割れ)を覚えておく土石流の本体は到達まで数十秒のことがある。前兆の段階で動くことが最も確実な行動になる
警戒レベル4(避難指示)が出たら迷わず避難する発災当日の避難指示対応の遅れが被害拡大の要因として検証された
避難経路を事前に歩いて確認しておく熱海の地形は急峻で、大雨時には平時と異なる経路が危険になる
別荘・リゾート滞在時も地域の避難場所を確認しておく観光地特有の居住実態の多様性が安否確認と情報伝達を困難にした
水・食料を最低3日分備蓄する発災3年後も避難が続いた世帯があり、長期化への備えが必要
🛡 防災士からのメッセージ

熱海では、警戒区域内の住民が逃げ切れなかった。指定は警告であり、危険の除去ではない。

盛土規制法は整ったが、既存の不適切な盛り土が全て対処されるまでには時間がかかる。その空白を埋めるのは、前兆現象の知識と、キキクルを開く習慣と、警戒レベル4で迷わず動く判断だ。

次の大雨が来る前に、チェックリストを確認しておいてほしい。

この記事もおすすめ