ひとことで言うと#
「白紙からの自由発想」ではなく、**5つの思考パターン(テンプレート)**を既存の製品やサービスに適用することで体系的にイノベーションを生み出す手法。TRIZの理論をベースに、ロニ・ホロヴィッツとジェイコブ・ゴールデンバーグが実用的に再構成した。
押さえておきたい用語#
- 閉世界原則(Closed World Principle)
- イノベーションは遠くから新しいものを持ってくるのではなく、既存の要素の再構成から生まれやすいという原則。SITの根幹をなす考え方。
- 引き算(Subtraction)
- 製品やサービスの本質的な構成要素を取り除くことで、新しい価値を発見するパターン。
- 分割(Division)
- 構成要素を物理的・機能的に分離し、再配置することで新しい価値を生むパターン。
- 掛け算(Multiplication)
- 既存の構成要素をコピーして変形を加えることで、新しい機能や体験を生むパターン。
- タスク統合(Task Unification)
- 既存の構成要素に本来の役割とは異なる新しい役割を追加するパターン。
- 属性依存(Attribute Dependency)
- 従来独立していた属性間に新しい依存関係を作ることで、適応的な製品やサービスを生むパターン。
SIT(体系的発明思考)の全体像#
こんな悩みに効く#
- ブレインストーミングをやっても似たようなアイデアしか出てこない
- 「自由に発想してください」と言われると逆に何も浮かばない
- 既存製品の改善アイデアが「機能追加」ばかりで方向性が限定的
- イノベーションを起こしたいが、体系的な方法論がない
基本の使い方#
改善・革新したい製品やサービスの構成要素をすべてリストアップする。
- 物理的な部品だけでなく、プロセスや属性(色、サイズ、タイミングなど)も含める
- 「当たり前すぎて見落とす」要素こそ革新の種になりやすい
- 例: コーヒーカップ → カップ本体、取っ手、素材、容量、保温性、蓋
各構成要素に対し、5つのパターンを1つずつ適用して「もし○○したら?」と問いかける。
- 引き算: 「もしこの要素がなかったら?」→ その不在をどう補うか考える
- 分割: 「もしこの要素を分離・再配置したら?」→ 時間・空間・機能で分ける
- 掛け算: 「もしこの要素をコピーして変形したら?」→ サイズや形を変えたコピーを加える
- タスク統合: 「もしこの要素に別の役割を持たせたら?」→ 1つの要素で2つの機能を果たす
- 属性依存: 「もしAの属性がBの属性に連動したら?」→ 環境や使い方に応じて変化する
5パターンの適用で生まれたアイデアを「顧客価値」と「実現可能性」の2軸で評価する。
- 最初は量を出し、判断は後回しにする。1セッションで20〜30個のアイデアが出ることもある
- 「面白いけど実現不可能」なアイデアも、少し変形すれば実現できることがある
- 上位3〜5個に絞り込み、次のステップに進む
有望なアイデアを最小限の形にして、ターゲットユーザーに試す。
- 紙のプロトタイプやモックアップで十分。完成品を作る必要はない
- 「このアイデアは価値があるか」を確認するのが目的であり、「正しく作れるか」は後の話
- 検証結果を受けて、アイデアを改良するか、別のアイデアに切り替えるか判断する
具体例#
法人向けプロジェクト管理ツールを提供するSaaS企業。新規顧客のオンボーディング完了率が**35%と低く、90日以内の解約率が28%**に達していた。「機能説明チュートリアルの充実」「サポート人員の増員」という従来型の改善案しか出ていなかった。
構成要素の分解: オンボーディングプロセスの要素を列挙: チュートリアル、初期設定ウィザード、サポート担当者、テンプレート、ヘルプドキュメント、トレーニング動画、設定画面
5パターンの適用(主要なアイデア):
- 引き算:「初期設定ウィザードを取り除いたら?」→ 代わりに「1クリックで業界別の設定が完了する」プリセットを提供。設定の手間自体をなくす
- 分割:「オンボーディングを時間軸で分割したら?」→ 初日は機能の10%だけ開放し、使いこなすたびに次の機能がアンロックされる「段階的開放」方式に
- タスク統合:「既存のデータに新しい役割を持たせたら?」→ 顧客が既に使っているExcelやGoogleスプレッドシートのデータを自動インポートし、「すでにデータが入っている状態」でスタートさせる
採用したアイデア: 「段階的開放」+「データ自動インポート」の組み合わせ
結果:
- オンボーディング完了率が**35% → 72%**に倍増
- 90日以内の解約率が**28% → 11%**に低下
- 「最初から全機能を見せる」という業界の常識を覆すアプローチだった
全国80店舗の定食チェーン。既存メニューの売上が前年比8%減少し、新メニュー開発が急務だった。しかし、過去の新メニューはどれも「既存メニューの微調整」(味噌を変える、トッピングを追加する)で、話題性に欠けていた。
構成要素の分解(看板メニュー「豚の生姜焼き定食」): 豚肉、生姜、タレ、付け合わせ、ご飯、味噌汁、小鉢、器、価格、提供時間
5パターンの適用:
- 引き算:「ご飯を取り除いたら?」→ 低糖質ニーズに応える「おかず定食」。ご飯の代わりにサラダとスープを増量
- 掛け算:「豚肉のサイズ違いのコピーを作ったら?」→ 厚切り・薄切り・ミンチの3種を1皿に盛る「生姜焼き三種盛り」
- 属性依存:「価格が時間帯に依存したら?」→ ランチは750円、14〜17時のアイドルタイムは580円の時間帯価格制
- タスク統合:「器に新しい役割を持たせたら?」→ 鉄板で提供し、最後にご飯を鉄板に載せて焼きおにぎりにする「シメの焼きおにぎり」体験
採用したアイデア:
- 「おかず定食」(引き算): 健康志向の顧客層を開拓
- 「時間帯価格制」(属性依存): アイドルタイムの稼働率向上
結果:
- 「おかず定食」が女性客に刺さり、女性来店率が**18% → 31%**に上昇
- 時間帯価格制によりアイドルタイムの来客数が45%増加
- 全体の月商が前年比12%増。「メニューそのもの」だけでなく「メニューの構造」を変える発想が成果につながった
中小規模の人材紹介会社。コンサルタント15名で年間350件のマッチングを行っているが、入社後3か月以内の離職率が**22%**と高く、紹介手数料の返金が経営を圧迫していた。
構成要素の分解: 求職者ヒアリング、求人票、企業ヒアリング、マッチングアルゴリズム、面接調整、年収交渉、入社後フォロー、コンサルタント
5パターンの適用:
- 分割:「コンサルタントの役割を分割したら?」→ 求職者担当(CA)と企業担当(RA)を分離する「片面特化型」に変更。現状は1人が両方を担当していて、どちらも中途半端だった
- 引き算:「求人票を取り除いたら?」→ 代わりに「職場の1日動画」を企業に撮影してもらい、テキストでは伝わらない雰囲気を共有
- 属性依存:「フォローの頻度が離職リスクに依存したら?」→ 入社後の満足度スコアに応じてフォロー頻度を自動調整。スコアが低い人に集中フォロー
- タスク統合:「求職者に新しい役割を持たせたら?」→ マッチングが成功した求職者を「次の求職者のメンター」として活用。リアルな体験談を共有することで入社後ギャップを減らす
採用したアイデア:
- 「職場の1日動画」(引き算): 求人票の代替として導入
- 「リスク連動フォロー」(属性依存): 入社後フォローの最適化
- 「成功者メンター制度」(タスク統合): 入社後ギャップの削減
結果:
- 3か月以内の離職率が**22% → 9%**に低下
- 返金額が年間約1,800万円削減
- 「職場動画」の導入で面接辞退率も15%低下。求職者が事前に雰囲気を把握できるようになったことで、ミスマッチ自体が減った
やりがちな失敗パターン#
- 自由発想の代わりとして使おうとする — SITは「制約が創造性を生む」という逆説に基づいている。5パターンを「ヒント」程度に扱うと効果が薄い。パターンを忠実に適用し、出てきたアイデアを後から評価するプロセスを守る
- 構成要素の分解が粗い — 「製品」「サービス」のような大きな粒度で止めると、パターンを適用しても抽象的なアイデアしか出ない。できるだけ細かく分解することが質の高いアイデアの源泉
- 1つのパターンだけで済ませる — 5パターンすべてを試すことで、異なる角度からアイデアが出る。「引き算は自分に合わない」と飛ばすのはもったいない
- アイデアを出すフェーズと評価するフェーズを混ぜる — パターン適用中に「それは無理だ」と即座に却下すると、アイデアの幅が狭まる。まず全パターンを通してアイデアを出し切ってから評価に入る
まとめ#
SIT(体系的発明思考)は、「自由に考えよう」ではなく**「5つの思考パターンに従って考えよう」という制約ベースの発想法である。引き算・分割・掛け算・タスク統合・属性依存の5パターンを既存の構成要素に適用することで、ブレインストーミングでは出てこなかった角度からアイデアが生まれる。鍵は構成要素を細かく分解することと全パターンを漏れなく試すこと**。制約は自由の敵ではなく、創造性の触媒である。