ひとことで言うと#
手元にデータがない状況でも、問題を構成要素に分解し、各要素を「桁が合っていればよい」精度で見積もることで、全体の数量を合理的に推定する思考技法。
押さえておきたい用語#
- フェルミ問題(Fermi Problem)
- 正確なデータなしに概算を求める問題。「日本にピアノの調律師は何人いるか」が代表例で、分解と推定の組み合わせで解く。
- オーダー推定(Order of Magnitude)
- 答えの**桁数(10のべき乗)**が合っていればよいとする推定方法。100万か200万かより、100万か1000万かの判断を重視する。
- ドライバー分解(Driver Decomposition)
- 推定対象を掛け算・足し算で構成される要因の積に分解する手法を指す。
- セグメント分割(Segmentation)
- 推定対象を異質なグループに分け、グループごとに推定してから合算する考え方。年齢層別・地域別・用途別などの軸で分割する。
- 感度分析(Sensitivity Analysis)
- 各パラメータを変動させたとき結果がどれだけ振れるかを確認する作業。推定の信頼度を評価するために行う。
フェルミ推定(応用編)の全体像#
こんな悩みに効く#
- 新規事業の市場規模を聞かれたが、調査レポートが見つからない
- 事業計画の数字が「感覚」で作られていて根拠がない
- コンサル面接のケース問題でフリーズしてしまう
- 上司に「ざっくりいくらかかる?」と聞かれて即答できない
- 競合の売上を推定したいが公開データがない
基本の使い方#
具体例#
東京郊外に2号店を出すか迷っているパン屋の店主が、候補地(住宅街の駅前)での月間売上を推定した。
需要側からの推定:
- 駅の1日乗降客数: 約15,000人
- パン購入率(駅利用者のうち): 3%
- 1回あたり購入単価: 450円
- 月間営業日: 26日
15,000 × 3% × 450 × 26 = 約527万円/月
供給側からの検算:
- 店舗面積20坪で1日の最大対応客数: 約200人
- 実稼働率: 60%
- 平均客単価: 480円
- 月間営業日: 26日
200 × 60% × 480 × 26 = 約150万円/月
需要側と供給側で3倍以上の差が出た。需要側の「パン購入率3%」を見直すと、駅前でわざわざ立ち寄る率は1%程度が妥当と判断。修正後は 約176万円/月 となり、供給側の150万円と同じ桁に収まった。損益分岐が月120万円だったため、出店GOの判断材料になった。
従業員15名のHRテック・スタートアップが、シリーズAの投資家向けにTAM(Total Addressable Market)を推定した。プロダクトは「従業員50〜500名の中堅企業向け勤怠管理SaaS」。
ドライバー分解:
- 日本の従業員50〜500名の企業数: 約53,000社(経済センサスから推計)
- 勤怠管理のIT化率: 65%
- うちSaaSへの移行意向: 40%
- 年間利用料(ARPA): 月3万円 × 12 = 36万円
53,000 × 65% × 40% × 36万円 = 約49.6億円
セグメント分割で精度を上げた:
| セグメント | 企業数 | IT化率 | SaaS移行率 | ARPA | 小計 |
|---|---|---|---|---|---|
| 50〜100名 | 35,000社 | 55% | 35% | 24万円 | 16.2億円 |
| 101〜300名 | 13,000社 | 70% | 45% | 42万円 | 17.2億円 |
| 301〜500名 | 5,000社 | 80% | 50% | 60万円 | 12.0億円 |
| 合計 | 45.4億円 |
均一推定の49.6億円とセグメント推定の45.4億円が近い桁で一致。TAMを 約45〜50億円 のレンジで投資家に提示し、根拠の透明性が評価されてシリーズAの調達に成功した。
人口28万人の地方都市で、食品ロス削減キャンペーンの予算申請にあたり、削減効果を推定する必要があった。
家庭系食品ロスの推定:
- 市の世帯数: 約12万世帯
- 1世帯あたり年間食品ロス: 約40kg(環境省の全国平均から)
- キャンペーン到達率: 30%
- 行動変容率: 15%
- 1世帯あたり削減量: 8kg/年
12万 × 30% × 15% × 8kg = 約43.2トン/年
事業系食品ロスからの検算:
- 市内の飲食店・スーパー: 約1,200店
- 1店舗あたり年間食品廃棄: 約5トン
- キャンペーンで参加する店舗率: 10%
- 1店舗あたり削減量: 0.5トン/年
1,200 × 10% × 0.5 = 60トン/年
家庭系43トン + 事業系60トンで 合計約100トン/年 の削減効果と推定。廃棄コスト換算で年間約500万円の削減となり、キャンペーン予算300万円に対してROIが成り立つことを示して予算が承認された。
やりがちな失敗パターン#
分解せずに一発で答えを出そうとする — 「日本のカフェ市場は…たぶん3兆円くらい?」と直感だけで答えると、根拠がなく説得力もない。必ず分解して各要素を示す。
分解しすぎて収拾がつかなくなる — 10段階以上の分解をすると各パラメータの誤差が掛け算で積み上がり、かえって精度が下がる。分解は3〜5段階が目安。
1つのルートだけで満足する — 需要側だけ・供給側だけの推定では、仮定の誤りに気づけない。最低2ルートで検算して桁数の一致を確認する。
キリのいい数字に丸めすぎる — 「約1万」と「約5万」では5倍の差がある。桁数の精度は保ちつつ、無用に細かい数字(12,847人など)を出す必要もない。有効数字2桁が実用的。
既知のアンカーに引きずられる — 「確かどこかで5兆円と読んだ気がする」という曖昧な記憶に引っ張られると、自分の推定プロセスが歪む。まず自力で推定し、その後で参考値と比較する順序を守る。
まとめ#
フェルミ推定の応用では、単なる分解・掛け算にとどまらず、セグメント分割で精度を上げ、2ルート推定で検算し、感度分析で信頼度を評価するところまでが一連のプロセスになる。推定の目的は「正確な数字」ではなく「意思決定に使える桁数」を出すこと。根拠の透明性と検算の習慣さえあれば、データがない場面でも合理的な判断を下せる。