根回し(ネマワシ)

英語名 Nemawashi
読み方 ネマワシ
難易度
所要時間 数日〜2週間
提唱者 日本の伝統的経営手法(トヨタ生産方式でも活用)
目次

ひとことで言うと
#

正式な会議や意思決定の前に、関係者一人ひとりと非公式に対話して懸念を吸い上げ、提案に反映させることで、本番の合意をスムーズにする日本発の手法。語源は園芸の「根回し」(移植前に根を整える作業)に由来する。

押さえておきたい用語
#

押さえておきたい用語
根回し(Nemawashi)
正式決定の前に関係者と個別に非公式な対話を行い、懸念の把握と事前調整を済ませるプロセス。合意形成の「地ならし」にあたる。
稟議(Ringi)
根回しの後に行う書面による正式な承認プロセス。根回しが十分であれば、稟議書は「追認」に近い形でスムーズに回る。
キーパーソン(Key Person)
意思決定に対して強い影響力を持つ人物。肩書きだけでなく、非公式な影響力(社内の信頼度、専門知識)を含めて特定する。
落としどころ(Landing Point)
関係者全員が納得できる着地点のこと。根回しの過程で各者の懸念を吸収しながら、提案を修正して落としどころを探る。

根回しの全体像
#

根回し:非公式対話で合意の地ならしをするプロセス
根回しのプロセス構造提案者原案を準備非公式の個別対話関係者A懸念を聞く → 提案に反映関係者B賛同を確認 → 味方に関係者C(反対派)妥協点を交渉 → 修正キーパーソン支持を取り付ける正式会議懸念は解消済み→ スムーズに合意成立対話の結果を原案に反映し再度対話
根回しの進め方フロー
1
関係者マッピング
影響力と賛否の立場で関係者を整理
2
個別対話
一人ずつ懸念を聞き提案に反映
3
提案の修正
対話を踏まえて落としどころを作る
正式な合意
会議で全員が納得した状態で決定

こんな悩みに効く
#

  • 会議で提案しても反対意見が噴出し、毎回持ち帰りになる
  • 誰が実質的な影響力を持っているか分からず、根回しの順序を間違える
  • 組織変革の提案が「聞いていない」という理由でつぶされる
  • 決定後に「あのとき言えなかったが実は反対だった」と蒸し返される

基本の使い方
#

関係者をマッピングする

提案に関わるすべての関係者を洗い出し、影響力の大きさ賛否の立場の2軸で整理する。

  • 組織図上の承認者だけでなく、非公式な影響力を持つ人(ベテラン、専門家)も含める
  • 「強い影響力 × 反対寄り」の人がキーパーソン。ここを落とせるかが成否を分ける
  • 関係者が10名を超える場合は、影響力の高い上位5名に絞って優先的に対話する
対話の順序を決める

根回しの順番は成否に直結する。原則は「味方から先、反対派は後」。

  • まず賛同してくれそうな人から対話し、支持者を増やす
  • 次に中立の人に「すでにAさんとBさんは賛同している」と伝え、流れを作る
  • 最後にキーパーソン(反対派)と対話する。このとき支持者が多い状態で臨める
  • 相手の上司に先に話を通してしまうと、面子をつぶすので順序に注意する
個別に対話し懸念を吸い上げる

一人ひとりと1対1で非公式に対話し、本音の懸念を聞く。

  • 「決まったことを伝えに来た」ではなく「相談したい」というスタンスで臨む
  • 相手の懸念を否定せず、まず受け止めてからどう対応するかを一緒に考える
  • 取り入れられる意見は提案に反映し、「あなたの意見を入れた」と伝える
  • 対応できない懸念には、その理由を誠実に説明し、代替案を提示する
提案を修正して正式な場に臨む

すべての対話結果を踏まえて提案を修正し、正式な会議に持ち込む。

  • 会議は「初めて聞く場」ではなく「すでに合意済みの内容を確認する場」になる
  • 修正の経緯(誰の意見でどう変わったか)を簡潔に説明すると、参加者の当事者意識が高まる
  • 会議で新たな懸念が出た場合は、無理に押し通さず「持ち帰ってもう一度調整する」判断も必要

具体例
#

例1:基幹システム刷新プロジェクトの承認を得る

従業員500名の製造業。20年使い続けた基幹システムの刷新を情シス部長が提案しようとしていた。費用は1.2億円、導入期間は18か月。過去に同様の提案は「コストが大きすぎる」と経営会議で否決されていた。

関係者をマッピングした結果:

関係者影響力立場
CFO極めて高い反対寄り(コスト重視)
製造部長高い中立(現場は困っているが投資に慎重)
営業部長中程度賛成寄り(受注データの遅延に不満)
社長最高判断保留

順序: 営業部長(賛成寄り)→ 製造部長(中立)→ CFO(反対寄り)→ 社長

営業部長との対話で「受注データが2日遅れることで月約300万円の機会損失がある」という定量データを得た。これを提案に反映。

製造部長との対話では「現場の生産管理者が一番困っている」という声を吸い上げ、現場責任者の証言を提案資料に追加した。

CFOとの対話では、予想どおり「1.2億は大きい」と懸念が出た。そこで3フェーズに分割し、第1フェーズ3,500万円で最も効果の大きい受注管理から着手する案を提示。「第1フェーズの成果を見て第2フェーズを判断できる」というリスク低減策にCFOは同意した。

社長への説明時には「営業部長・製造部長・CFOと調整済み」と伝えた。経営会議では反対意見は出ず、全会一致で第1フェーズが承認された。

例2:リモートワーク制度の導入を人事部が推進する

従業員200名のIT企業。人事マネージャーが週3日のリモートワーク制度を提案したいが、CEO は「出社して顔を合わせるのが大事」という信条を持っていた。

関係者マッピング:

関係者影響力立場
CEO最高反対寄り
CTO高い強い賛成(エンジニア採用で不利)
営業本部長高い反対寄り(「営業は対面が基本」)
管理部長中程度中立

まずCTOと対話。「過去1年で内定辞退7件のうち5件がリモート不可が理由」というデータを入手。次に管理部長と対話し、コスト面でオフィス縮小による年間840万円の削減効果を試算した。

営業本部長には「営業職は週1日から試験導入」という例外ルールを提案。「商談の対面は維持しつつ、事務作業日を在宅にする」という形で合意を得た。

CEOへの対話では、反対意見を真っ向から否定せず、「まず3か月のトライアルで効果を測定する」案を提示。「CTOから採用競争力のデータ、管理部長からコスト削減効果、営業本部長からは条件付き合意を得ている」と伝えた。

CEOは「3か月の試験なら」と承認。トライアル後、社員満足度が12ポイント上昇し、エンジニア採用の内定承諾率が**60% → 85%**に改善したデータを添えて正式導入が決定した。

例3:部門統合の人事異動を円滑に進める

メーカーの経営企画室が、重複機能を持つ品質管理部(15名)と品質保証部(12名)の統合を計画していた。両部門は歴史的に対立関係にあり、過去の統合案は現場の猛反発で頓挫していた。

根回しの設計:

関係者影響力立場
品質管理部長高い強い反対(ポスト消失の懸念)
品質保証部長高い条件付き賛成(自分が統合部門長なら)
製造本部長(両部門の上司)極めて高い賛成
両部門のベテラン社員中〜高い不安

製造本部長(賛成)から対話を開始し、統合後の組織図と人事配置の素案を作成。次に品質保証部長と対話し、統合部門長への就任意向を確認した。

品質管理部長との対話が最大の山場。「ポストがなくなる」という懸念に対し、「新設する技術顧問職で処遇を維持し、品質戦略の策定を専任で担う」という代替案を提示。1回目の対話では保留だったが、2回目に製造本部長同席で「あなたの経験がないと統合はうまくいかない」と伝えたところ、条件付きで合意を得た。

ベテラン社員には、各自の配属希望をヒアリングし、80%以上の社員が第一希望の配属先に配置される人事案を作成。

統合発表時、「寝耳に水」という反応はゼロ。統合後6か月で重複業務が30%削減され、品質対応のリードタイムが平均5日 → 3日に短縮した。

やりがちな失敗パターン
#

  1. 根回しを「多数派工作」と混同する — 根回しの本質は「懸念を吸い上げて提案を改善する」こと。相手の意見を聞かずに賛同だけ取り付けようとすると、表面的な合意しか得られず、実行段階でサボタージュが起きる
  2. 順序を間違えてキーパーソンの面子をつぶす — 相手の上司に先に話を通すと「頭越しにやられた」と感情的な反発を招く。組織の序列と人間関係を踏まえた順序設計が不可欠
  3. 全員に同じ説明をする — 関係者ごとに関心事は違う。CFOにはコスト、現場にはオペレーション、経営者にはビジョンと、相手に合わせて説明の切り口を変える
  4. 時間をかけすぎて機を逃す — 根回しに完璧を求めると、意思決定のスピードが犠牲になる。影響力の大きい上位5名程度に絞り、1〜2週間で完了させるのが目安

まとめ
#

根回しは、正式な意思決定の前に関係者と個別に対話し、懸念を吸い上げて提案に反映させるプロセスである。「味方から先、反対派は後」の順序で対話を進め、相手の懸念を受け止めて提案を修正し続けることで、会議の場では「すでに合意済み」の状態を作り出せる。ポイントは**「説得」ではなく「対話」**。相手の意見で提案がより良くなるという姿勢が、根回しを政治的な工作ではなく、健全な合意形成プロセスに変える。