ひとことで言うと#
「月面に不時着した宇宙飛行士」という架空のシナリオで、15個のアイテムの優先順位を個人→チームで決めるワークショップ。個人で考えた答えよりも、チームで議論した答えのほうが正解に近くなる体験を通じて、合意形成の力とチームで考えることの価値を実感できる。
押さえておきたい用語#
- コンセンサス(Consensus)
- 多数決や妥協ではなく、全員が納得した上での合意を指す。NASAゲームの核心となるプロセス。
- グループシンク(集団浅慮)
- チームの和を重視しすぎて批判的思考が働かなくなる現象のこと。NASAゲームではこの罠を体験的に学べる。
- ファシリテーター
- 議論の内容には介入せず、議論のプロセスを設計・促進する役割である。NASAゲームでは観察者としての役割が重要。
- シナジー効果
- 個人の力の合計を超えるチームとしての相乗効果のこと。NASAゲームはこの効果を数値で実証するツール。
NASAゲームの全体像#
こんな悩みに効く#
- チームの会議で声の大きい人の意見ばかり通ってしまう
- メンバーが自分の意見を言わず、多数決や妥協で物事が決まっている
- 「チームで議論する意味あるの?」と感じているメンバーがいる
基本の使い方#
以下のシナリオを全員に説明する。
あなたは宇宙飛行士。月面の母船から約300km離れた地点に不時着した。母船にたどり着くために、手元に残った15個のアイテムに生存に重要な順で優先順位をつけなさい。
15個のアイテム(例): マッチの箱、宇宙食、ナイロンロープ(15m)、パラシュートの布、ソーラー式暖房器、45口径ピストル2丁、粉ミルク1ケース、酸素ボンベ2本、月面用の星座表、救命いかだ、磁石コンパス、水(20リットル)、信号用照明弾、注射器入り救急箱、ソーラー式FM送受信機
ポイント: NASAの専門家による「模範解答」が存在するので、客観的にスコアリングできる。
まず各自が1人で15アイテムに1〜15位の順位をつける。
ルール:
- 他の人と相談しない
- 直感でもロジックでも、自分の判断で決める
- 全アイテムに順位をつける(同順位なし)
この段階での順位を個人スコアとして記録しておく。
4〜6人のグループに分かれて、チームとしての優先順位を1つに決める。
合意形成のルール:
- 多数決は禁止。全員が納得する順位を目指す
- 妥協も禁止。「じゃあ間をとって…」ではなく、なぜその順位かを論理的に議論する
- 全員が発言する機会を作る
- 意見が違うときこそ丁寧に理由を聞く
ファシリテーターは介入しすぎず、チームの自然な議論を観察する。
NASAの模範解答と照らし合わせて、個人スコアとチームスコアを算出する。
スコア計算:
- 各アイテムについて「模範解答の順位 − 自分(チーム)の順位」の絶対値を出す
- 15アイテムの絶対値を合計 → スコアが低いほど正解に近い
ふりかえりの問い:
- チームスコアは個人スコアの平均より良かったか?
- 議論の中で、どんな意見が全体の精度を上げたか?
- 声の大きい人に引っ張られなかったか?
- 少数意見をちゃんと拾えたか?
- 普段の会議でも同じパターンが起きていないか?
多くの場合、チームスコア > 個人スコアの平均(チームで議論したほうが正解に近い)という結果になる。これが合意形成の力。
具体例#
状況: IT企業(従業員150名)の新規プロジェクト。初顔合わせの6人チームのキックオフ研修としてNASAゲームを実施。
個人ワーク後のスコア:
- Aさん: 42点、Bさん: 56点、Cさん: 38点、Dさん: 64点、Eさん: 48点、Fさん: 52点
- 個人スコアの平均: 50点
チーム議論の様子:
- 最初はAさん(声が大きい)の意見に引っ張られそうになる
- Fさん(物静か)が「酸素ボンベは月面では最重要では?」と発言。根拠は「月に空気がないから」
- Dさんが「磁石コンパスは月面では使えない。月には磁場がほとんどないから」と指摘
- 全員で「月面の環境」を起点に論理的に議論が進む
チームスコア: 28点(個人平均50点を大きく上回る)
ふりかえりで出た気づき:
- 「Fさんの意見が一番正確だった。普段の会議でもっと聞くべき」
- 「直感よりも、根拠を持って議論したほうが精度が上がる」
- 「多数決で決めていたら、Dさんのコンパスの指摘は埋もれていた」
「声の大きさ」ではなく「根拠の強さ」で議論を進めることの威力が、スコアの差(50点→28点)で証明された。この体験がプロジェクトの会議文化の基盤になった。
状況: 従業員800名の精密機器メーカー。営業・製造・品管・経理から各1名ずつ計5名のグループで実施。普段は部門間の壁が厚く、会議で対立しがちだった。
結果:
- 個人スコア平均: 54点
- チームスコア: 22点(個人最高の36点すら大きく上回る)
注目すべき議論プロセス:
- 製造の松本さんが「宇宙食より水のほうが重要。人間は食べなくても3日持つが水がないと1日」と主張
- 経理の高橋さんが「ピストルは推進力として使えるかも。月面は無重力に近い」と意外な視点を提供
- 品管の佐藤さんが「全アイテムを"生存必須"“移動用"“不要"の3カテゴリに分けてから順位をつけよう」と構造化
| グループ | 個人平均 | チームスコア | 改善率 |
|---|---|---|---|
| Aグループ(部門横断) | 54点 | 22点 | 59% |
| Bグループ(同部門) | 48点 | 34点 | 29% |
| Cグループ(同部門) | 52点 | 38点 | 27% |
部門横断チームの改善率59%が同部門チーム(27〜29%)を大幅に上回ったケースだ。多様な視点を持つメンバーで議論する方が同質的なチームより精度が上がることがデータで証明された。
状況: 職員45名の社会福祉法人。新卒4名+中途2名の計6名の新人研修でNASAゲームを実施。新人は「自分の意見を言ったら先輩に失礼」という空気があり、研修担当は「発言する練習」を目的に導入。
結果:
- 個人スコア平均: 62点(月面知識がないため高め)
- チームスコア: 34点
議論のターニングポイント:
- 最初の10分は全員遠慮して沈黙が多かった
- 中途入社の木村さん(元自衛隊)が「星座表は月面での位置確認に使える」と発言したことで議論が活性化
- 新卒の渡辺さんが「コンパスは月面では使えないとテレビで見た」と小さく発言。これがチームスコアを大きく押し上げた
ふりかえりでの気づき:
- 「渡辺さんの一言がなかったら、コンパスを上位にしていた。小さな声こそ大事」
- 「最初は意見を言うのが怖かったけど、根拠があれば聞いてもらえるとわかった」
| 指標 | 研修前 | 研修3ヶ月後 |
|---|---|---|
| 会議での新人発言回数 | 平均0.5回/会議 | 平均3.2回/会議 |
| 「意見を言いやすい」と感じる新人割合 | 17% | 83% |
NASAゲームの体験が「根拠を持って発言すれば受け入れてもらえる」という成功体験になり、会議での新人発言回数が平均0.5回→3.2回に増加。その後の業務での発言行動に直結した。
やりがちな失敗パターン#
- ゲームで終わってしまう — 盛り上がるだけで「楽しかったね」で解散すると学びがゼロ。必ずふりかえりの時間を確保し、普段の仕事との接続を議論する
- ファシリテーターが正解を教えすぎる — 議論中に「それは違うよ」とヒントを出すと、チームで考える意味がなくなる。スコアリングまで模範解答は伏せる
- 「チームの答えが良くなかった」ケースを無視する — まれにチームスコアが個人最高より悪くなることがある。それは合意形成がうまくいかなかった証拠で、むしろ最大の学びになる。「なぜ議論で精度が下がったか」を掘り下げる
- 多数決で時間切れを乗り切る — 残り5分で「じゃあ多数決で」と切り上げると、ゲームの目的そのものが台無しになる。時間配分を事前に伝え、議論の質を優先する
まとめ#
NASAゲームは、「チームで議論すると個人より良い答えが出る」ことを体験的に証明するワークショップ。ただし、それは合意形成が正しく機能した場合の話。多数決や妥協ではなく、全員の知恵を引き出す議論ができるかどうかがカギ。チームの議論の質を上げたいなら、まずこのゲームから始めてみよう。