3つの地平線モデル

英語名 Three Horizons of Growth
読み方 スリー ホライズンズ オブ グロース
難易度
所要時間 1〜2時間
提唱者 Mehrdad Baghai, Stephen Coley, David White(McKinsey, 1999年)
目次

ひとことで言うと
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マッキンゼーのバガイらが提唱した、H1(現在の事業)、H2(成長中の事業)、H3(将来の種) の3つの時間軸でイノベーション投資を同時並行で管理するモデル。「今の稼ぎ頭に集中しすぎると未来を失い、未来ばかり追うと今日の飯が食えない」というジレンマへの処方箋。

押さえておきたい用語
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押さえておきたい用語
Horizon 1(H1)
現在の中核事業。今の収益を生んでいるビジネスで、効率化と最適化が主な経営課題。時間軸は0〜2年。
Horizon 2(H2)
成長途上の新規事業。市場性が見えてきたが、まだ本格的な収益化に至っていないビジネスを指す。時間軸は2〜5年。
Horizon 3(H3)
将来の事業の種。研究開発・実験・小規模パイロット段階にあるもので、成功確率は低いが当たれば大きい。時間軸は5〜10年。
両利きの経営(Ambidexterity)
既存事業の「深掘り(Exploitation)」と新規事業の「探索(Exploration)」を同時に行う経営手法。3つの地平線モデルと深く関連する考え方。

3つの地平線モデルの全体像
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3つの地平線モデル:時間軸と収益の関係
時間 →収益 →H1 ─ 既存事業今の収益を最大化するH2 ─ 成長事業次の収益の柱を育てるH3 ─ 将来の種実験・探索で可能性を広げる0〜2年2〜5年5〜10年
3つの地平線モデルの進め方フロー
1
事業を3つに分類
H1・H2・H3に既存事業を振り分ける
2
投資配分を決める
各Horizonへのリソース配分を設計
3
KPIを使い分ける
H1は利益率、H2は成長率、H3は学習量
パイプライン管理
H3→H2→H1への移行を継続的に推進

こんな悩みに効く
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  • 既存事業が好調なうちに次の柱を育てたいが、何から手をつけるかわからない
  • 新規事業に投資したいが、既存事業の利益を犠牲にしたくない
  • イノベーション投資の「いくら・どこに・いつ」の意思決定基準がない

基本の使い方
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自社の事業をH1・H2・H3に分類する

すべての事業・プロジェクト・研究テーマを3つのHorizonに振り分ける。

  • H1: 収益の柱。売上の70%以上を占める事業。KPIは利益率・市場シェア
  • H2: 急成長中だが、まだH1を代替するには至らない事業。KPIは売上成長率・顧客獲得数
  • H3: まだ収益は出ていないが、将来の可能性がある実験的取り組み。KPIは実験数・学習量・仮説検証の速度
リソース配分の比率を決める

よく使われる配分の目安は 70:20:10(H1:H2:H3)だが、業界や成長段階によって異なる。

  • 成熟産業: H1に80%、H2に15%、H3に5%
  • テック企業: H1に60%、H2に25%、H3に15%
  • 重要なのは「H3をゼロにしない」こと。ゼロにすると将来の選択肢がなくなる
各Horizonに適した管理手法を使い分ける

H1・H2・H3をすべて同じKPIで管理すると失敗する。

  • H1: 予算管理、P/L管理、既存のPDCAサイクル
  • H2: OKR、アジャイル開発、マイルストーン管理
  • H3: リーンスタートアップ、仮説検証、ピボットの許容
  • H3を短期利益で評価すると即座に打ち切られるため、「学び」を評価指標にする

具体例
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例1:地方の印刷会社が事業転換を設計する

背景: 従業員45名、年商6億円。紙の印刷需要が年5%ずつ減少。このままだと5年後に赤字転落

Horizon事業売上比率KPI
H1商業印刷(チラシ・パンフ)85%粗利率28%を維持
H2企業向けデザイン制作サービス12%年成長率40%
H3AR技術を活用した体験型印刷3%月2件の実証実験

投資配分の見直し: H1の設備投資を凍結し、浮いた年間2,000万円をH2(1,400万円)とH3(600万円)に再配分

3年後の結果:

  • H1: 売上は年5%ずつ縮小(想定通り)。ただし生産効率化で粗利率は 28%→32% に改善
  • H2: デザイン制作が年商の25%に成長。印刷とのクロスセルで受注単価が 1.8倍
  • H3: AR体験型パッケージが大手食品メーカーに採用され、H2に昇格。年商8,000万円の見込み
例2:中堅SaaS企業がプロダクト戦略を整理する

背景: 従業員200名のHRテック企業。主力の勤怠管理SaaSが市場シェア3位だが、成長が鈍化(前年比+8%→+3%)

Horizonプロダクトステージチーム
H1勤怠管理SaaS成熟期。ARR 15億円120名(開発60名)
H2人材配置最適化AIMVP後。ARR 1.2億円40名(開発25名)
H3従業員ウェルビーイング予測仮説検証中8名(開発5名)

課題: H1の開発チームが機能追加に追われ、H2・H3に人を回せない

打ち手:

  • H1: 機能追加をフリーズし、安定性とパフォーマンス改善に集中(3ヶ月間)
  • H2: エンジニア5名をH1からH2に異動。外部パートナーと共同開発
  • H3: 社内公募で「20%ルール」を導入。全エンジニアが月1日をH3に使える制度

1年後、H2のARRが 1.2億円→4.8億円 に成長し、H1の成長鈍化を補完。H3からは2つのテーマがH2に昇格し、次の成長の種が確保された。

例3:総合病院が医療DXの投資優先度を決める

背景: 病床数350床の地域中核病院。電子カルテ導入は完了したが、次のDX投資の優先順位が定まらない。年間IT投資予算は8,000万円

Horizonテーマ期待効果投資額
H1電子カルテの最適化・連携強化医師の入力時間20%削減4,800万円
H2オンライン診療の本格展開再診患者の30%をオンライン化2,400万円
H3AIによる画像診断支援の実証読影時間50%短縮の可能性800万円

H3の設計ポイント: 放射線科の医師2名が「学会で先行事例を見た」と提案。800万円の投資で3ヶ月のパイロットを実施し、精度が基準を満たせばH2に昇格させる条件を明確化

各Horizonで評価基準を分けたことが奏功し、H3のAI画像診断は「利益が出ていない」という理由で打ち切られることなく検証を完了。パイロットの精度が 92.3%(目標90%)を達成し、翌年度にH2として予算3,000万円で本格導入が決定した。

やりがちな失敗パターン
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  1. H1の最適化に100%のリソースを注ぎ込む — 今の収益が最大化される代わりに、5年後の事業がゼロになる。H2・H3への投資は「保険」ではなく「生命線」
  2. H3をH1のKPIで評価する — 「売上はいくら?」「ROIは?」とH3に聞いた瞬間、すべての実験が打ち切られる。H3の評価は「何を学んだか」「仮説は検証できたか」
  3. H2への移行タイミングを逃す — H3の実験が成功しても、H2に昇格させるリソースがないと放置される。H3→H2の昇格基準と予算枠を事前に決めておく
  4. 3つのHorizonを別組織で完全に分離する — 分離しすぎるとH1の知見がH2・H3に流れない。人材のローテーションや定期的な情報共有の仕組みが必要

まとめ
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3つの地平線モデルは「今日の飯」と「明日の飯」と「明後日の飯」を同時に考えるためのフレームワーク。H1で今の収益を守りながら、H2で次の柱を育て、H3で将来の種を蒔く。最も重要なのは各Horizonに適した管理手法とKPIを使い分けること。H3を短期利益で殺さない仕組みをつくれるかどうかが、企業の長期的な生存を左右する。