ひとことで言うと#
事業をHorizon 1(現在の中核事業)、Horizon 2(成長途上の新規事業)、Horizon 3(将来の種まき) の3層に分けて、イノベーション投資のバランスを設計するフレームワーク。マッキンゼーのBaghai、Coley、Whiteが1999年に提唱した。
押さえておきたい用語#
- Horizon 1 / H1(ホライズン ワン)
- 企業の現在の中核事業。すでに利益を生み出しており、最適化・効率化で収益を維持する対象を指す。
- Horizon 2 / H2(ホライズン ツー)
- 急速に成長しつつある新興事業を指す。まだ中核ほどの利益は出ていないが、数年以内に主力になる可能性を持つ。
- Horizon 3 / H3(ホライズン スリー)
- 研究開発やパイロット段階にある将来の種まきである。利益化は先だが、長期的な競争力の源泉になり得る取り組み。
- Sカーブ(S-curve)
- 事業の成長が導入→急成長→成熟→衰退のS字型を描くという考え方。3ホライズンモデルでは、各ホライズンがずれたタイミングでSカーブを描くと捉える。
- ポートフォリオバランス
- 3つのホライズンへの投資配分の比率のこと。H1偏重だと将来の成長が枯れ、H3偏重だと足元のキャッシュが回らなくなる。
3ホライズンモデルの全体像#
こんな悩みに効く#
- 既存事業の利益は出ているが、3年後・5年後の成長エンジンが見えない
- 新規事業に投資したいが、どのくらいリソースを割けばよいかわからない
- R&Dや実験的プロジェクトが「片手間」で終わってしまい、成果に結びつかない
- 中期経営計画を策定する際に、短期と長期の優先度がかみ合わない
基本の使い方#
まず自社の事業やプロジェクトを一覧化し、それぞれがどのホライズンに該当するかを判定する。
- H1: 現在の売上の大半を占める主力事業。安定したキャッシュフローを生んでいる
- H2: 立ち上がって1〜3年、売上は伸びているが利益貢献はこれから。組織やオペレーションを整備している段階
- H3: まだ売上はほぼゼロ。研究開発、PoC、小規模テスト中。成功するかどうかも不確実
判定に迷ったら「来期の予算会議で、この事業に追加投資する理由を何と説明するか」で考えると分かりやすい。
H1/H2/H3それぞれに、ヒト・カネ・時間がどのくらい投下されているかを数字で把握する。
- 人員: 各ホライズンに何名がフルタイムで関わっているか
- 予算: 年間の開発費・マーケティング費・設備投資の配分比率
- 経営陣のアテンション: 月次会議や役員会でどのホライズンの議題が多いか
多くの企業で「H1に90%以上」が現実。まずはこの偏りを自覚することが出発点になる。
業界の変化スピードや自社のステージに合わせて、目指すべき配分比率を決める。
- 安定業界(インフラ・素材など): H1 70%、H2 20%、H3 10% が目安
- 変化が速い業界(IT・メディアなど): H1 50%、H2 30%、H3 20% 程度に寄せる
- ディスラプションが迫っている業界: H2・H3への配分を思い切って引き上げる
Googleが有名にした「70:20:10ルール」はH1:H2:H3の比率として広く参考にされている。ただし自社に合うかは個別に判断が必要。
分類と配分が決まったら、H3→H2→H1への「昇格シナリオ」を具体的に描く。
- H3の各テーマにステージゲート(次のフェーズに進む判断基準)を設定する
- H2からH1への昇格条件を定量化する(例: 売上が既存事業の10%を超えたら移管)
- H1の事業が衰退フェーズに入ったときの撤退・縮小基準も事前に決めておく
ロードマップは半年に1回見直す。事業環境が変われば、ホライズンの区分自体が変わることもある。
具体例#
従業員120名、年商45億円の水産加工会社が中期経営計画を策定するケース。
H1 ─ 冷凍水産加工品(売上構成比88%)
- スーパー・コンビニ向けOEM。営業利益率は 4.2% と業界平均並み
- 主力の冷凍エビフライは市場シェア 12% で3位。ただし市場は年 1.5% 縮小
- 改善策: 生産ラインの自動化投資で原価率を 2ポイント 改善し、利益をH2・H3へ回す
H2 ─ 自社ブランドの冷凍ミールキット(売上構成比10%)
- 2年前に立ち上げ、D2Cで月商 3,800万円 まで成長
- 定期購入の継続率 72%。顧客単価は月 4,200円
- 課題: 物流コストが売上の 22% を占め、黒字化にはあと 月商5,500万円 必要
H3 ─ 養殖技術の共同研究(売上ゼロ)
- 地元大学と陸上養殖の共同研究を開始。年間研究費 1,500万円
- 成功すれば原料調達コストを 30% 削減できる見込み
- ステージゲート: 2年後に実証プラントで原価目標を達成できなければ中止
この会社の現状配分はH1に予算の 95% が集中。計画では3年かけてH1 75%、H2 18%、H3 7% に移行することを決めた。
従業員350名、売上80億円のSIer。受託開発の利益率が年々低下し、経営陣が危機感を持っている。
H1 ─ 受託システム開発(売上構成比92%)
- 大手金融機関向けが中心。平均プロジェクト単価 8,000万円
- エンジニアの稼働率は 87% と高いが、営業利益率は 5.8% で3年前の 8.1% から下降
H2 ─ 自社SaaSプロダクト(売上構成比6%)
- 受託で培った業務知識をパッケージ化した経費精算SaaS
- ARR 4.8億円、前年比 42% 成長。導入企業は 180社
- エンジニア 28名 を専任で配置(全社の8%)
H3 ─ AIを使った要件定義自動化ツール(売上構成比ほぼゼロ)
- 社内ハッカソンから生まれたプロトタイプ。5名 が20%の時間を使って開発中
- 大規模言語モデルを活用し、顧客ヒアリングから要件定義書のドラフトを自動生成
- パイロット版を社内の 3プロジェクト で試用し、要件定義工数が 35% 短縮
社長が打ち出した方針は「3年でSaaS売上比率を 20% にする」。H3のAIツールについては、パイロットの結果を見て半年後にH2への昇格判断を行う。受託事業も切り捨てるのではなく、AIツールで効率化した分の人員をH2に再配置するシナリオを描いている。
創業90年、客室数32室の温泉旅館。コロナ禍で売上が 60% 減少し、事業構造の見直しに踏み切った。
H1 ─ 宿泊・宴会事業
- コロナ前は年商 3.2億円。現在は 1.9億円 まで回復
- 客室稼働率は平日 45%、週末 88%。平日の空室が収益を圧迫
- 打ち手: 平日限定のワーケーションプランを投入し、稼働率を 60% に引き上げる
H2 ─ 地元食材の通販事業
- コロナ中に「旅館の味を自宅で」として開始。現在の月商は 280万円
- リピート率 38%。旅館宿泊者のうち 15% が帰宅後に通販で再購入
- 次の一手: 宿泊者全員にサンプルを配り、通販への導線を強化する
H3 ─ 「温泉×ウェルネス」の法人向けリトリートプログラム
- 地元の理学療法士と共同で、企業のメンタルヘルス向け3泊4日プログラムを設計中
- テスト実施した 2社8名 の参加者アンケートで満足度 4.7/5.0
- 法人1社あたりの単価は 120万円(個人宿泊の約15倍)と収益性が高い
H1の宿泊事業だけでは先細りが見えている。ただし、この旅館の場合はH1のキャッシュがなければH2もH3も維持できない。平日稼働率の改善で年間 2,400万円 のキャッシュを生み、そこからH2に 月50万円、H3に 月30万円 を回す――地に足のついた配分がこの規模では重要になる。
やりがちな失敗パターン#
- H1の利益をH2・H3に回さない — 「今期の数字を守りたい」という短期圧力に負けて、種まきが後回しになり続ける。H1が成熟期に入ってから慌てても手遅れになる
- H3を「夢リスト」にしてしまう — 判断基準のないH3は単なる願望。ステージゲート(いつ・何が達成できたら次に進むか)を事前に設定しないと、だらだらとリソースが流出する
- H2に人を兼務で貼りつける — 受託の合間にSaaS開発、本業の傍らで新規事業――兼務は結局どちらも中途半端になる。少人数でも専任チームを組むほうが進みが速い
- ホライズンの区分を固定してしまう — 市場の変化が速い領域ではH3が一気にH2になることもある。半年に1回は「この事業はまだ同じホライズンか?」を問い直す
まとめ#
3ホライズンモデルは、事業を現在の中核(H1)・成長途上(H2)・将来の種(H3) の3層に分け、投資のバランスを俯瞰するフレームワーク。H1の利益で今を守りつつ、H2・H3に意図的にリソースを配分することで、成長の連鎖を途切れさせない仕組みをつくれる。大事なのは分類して終わりにせず、ホライズン間の移行条件と撤退基準を具体的に決めておくこと。中期経営計画や予算策定のタイミングで、まずは自社の事業を3つに仕分けるところから始めてみるとよい。