ひとことで言うと#
「いくらで作れるか」ではなく、「いくらで売れるか」から逆算して目標原価を決めるコスト管理手法。トヨタ自動車が1960年代に体系化した日本発の手法で、設計・開発段階でコストの80%が決まるという考え方に基づく。作ってからコストを削るのではなく、作る前にコストを設計する。
押さえておきたい用語#
- 目標原価(Target Cost)
- 目標売価から目標利益を差し引いた達成すべき原価。目標原価 = 目標売価 − 目標利益。
- 許容原価(Allowable Cost)
- 市場が受け入れる価格と必要利益から逆算した、理論上の原価上限を指す。現実の見積原価がこれを超えている場合、コスト削減が必要になる。
- VE(Value Engineering)
- 機能を維持しつつコストを下げる、または同じコストで機能を向上させる価値分析手法。原価企画の主要なコスト削減ツール。
- コストテーブル
- 部品・材料・加工工程ごとのコストを一覧にした原価見積もりの基準表。原価企画ではこのテーブルをもとに目標原価の妥当性を検証する。
原価企画の全体像#
こんな悩みに効く#
- 新製品の原価が想定以上に高くなり、利益が出ない
- 「作ってから値段を決める」発想から抜け出したい
- 競合に価格で負けているが、どこのコストを削ればいいかわからない
基本の使い方#
「いくらなら顧客が買うか」を起点にする。自社の都合ではなく市場が決める。
- 競合製品の価格帯を調査する
- ターゲット顧客の支払い意思額(WTP)をヒアリングする
- 価格感度分析(PSM分析など)で最適価格を推定する
目標原価 = 目標売価 − 目標利益。目標利益は中期経営計画の利益率目標から逆算する。
- 例: 目標売価10,000円、目標利益率20% → 目標原価8,000円
- 現状の見積原価が9,500円なら、1,500円のコストダウンが必要
設計・調達・製造の各段階でコスト削減策を積み上げる。
- 設計VE: 部品点数の削減、材料の変更、形状の簡素化
- 調達VE: サプライヤーとの共同コスト削減、部品の共通化
- 製造VE: 工程の削減、自動化、歩留まりの向上
- 機能を落とさずにコストを下げるのがVEの鉄則
具体例#
市場調査: 競合の主力製品は29,800〜39,800円。ターゲット(30代・子育て世帯)のWTPは「3万円以下」
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 目標売価 | 29,800円 |
| 目標利益率 | 22% |
| 目標利益 | 6,556円 |
| 目標原価 | 23,244円 |
| 現状の見積原価 | 27,800円 |
| コストダウン必要額 | 4,556円 |
VE活動:
- フィルター構造を3層→2層に変更。性能はIoTセンサーによる最適運転で補完(−1,200円)
- モーターを競合と共通化し調達コスト削減(−1,800円)
- 外装を金属→樹脂に変更。デザインで高級感を維持(−900円)
- 梱包材をダンボール一体型に変更し物流費削減(−400円)
- 基板の部品点数を128→94に削減(−500円)
合計 −4,800円 で目標原価を達成。量産開始前に原価が確定したため、発売後に「利益が出ない」問題が発生しなかった。
背景: 健康志向の高たんぱくスナックを新発売。ターゲットはコンビニで買うジム通いの20〜30代
目標売価: コンビニの棚で衝動買いされる価格帯 → 298円(税込)
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 目標売価(税抜) | 271円 |
| 流通マージン(35%) | 95円 |
| 目標メーカー出荷価格 | 176円 |
| 目標利益率(15%) | 26円 |
| 目標原価 | 150円 |
課題: 高たんぱく原材料(ホエイプロテイン)が高コスト。初期見積もりの原価は192円で、42円のギャップ
VE活動:
- プロテイン原料をホエイ単体→ホエイ+ソイのブレンドに変更。たんぱく質量は維持しつつ原料費 −18円
- 包装を個包装→スタンドパウチに変更。棚映えを維持しつつ包材費 −8円
- 製造ラインを既存のグラノーラバーと共有。設備投資を抑え生産コスト −12円
- 最小ロットを5,000個→20,000個に引き上げ。単価 −6円
合計 −44円 で目標原価150円を達成。発売後3ヶ月でコンビニ3チェーンに採用、月間販売 12万個 を記録。
背景: 地方の工務店。注文住宅の粗利率が 18%→12% に悪化。資材高騰を売価に転嫁できない
市場調査: 地域の一次取得者(30代・共働き)のWTPは「建物本体2,200万円以下」。これ以上はローン審査が通りにくい
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 目標売価 | 2,200万円 |
| 目標粗利率 | 25% |
| 目標粗利 | 550万円 |
| 目標原価 | 1,650万円 |
| 現状の平均原価 | 1,936万円 |
| コストダウン必要額 | 286万円 |
VE活動:
- 間取りを3パターンに規格化。設計工数 80時間→20時間(−120万円相当)
- 構造材のプレカット仕様を統一し、まとめ発注で調達コスト −85万円
- 外壁材を16mm→14mmに変更(耐久性は保証範囲内)。−45万円
- 設備機器(キッチン・浴室)のメーカーを絞り込みボリュームディスカウント。−50万円
合計 −300万円 で目標原価を達成。規格化によって工期も 5ヶ月→3.5ヶ月 に短縮され、年間施工棟数が 12棟→18棟 に増加。粗利率は 12%→26% に回復した。
やりがちな失敗パターン#
- コストプラス思考から抜け出せない — 「原価がこれだけかかるから、売価はいくら」という発想をしている限り、市場価格とのズレは解消できない。起点は常に市場
- VEを品質低下と混同する — VEは「安くする」ではなく「同じ価値を低コストで実現する」。機能を落としてコストを下げるのはVEではなくただのコストカット
- 設計段階でコスト管理をしない — 製品原価の80%は設計段階で決まる。量産開始後にコスト削減しようとしても、削れる余地はわずかしか残っていない
- 目標原価を設計者に丸投げする — 原価企画はクロスファンクショナル(設計×調達×製造×マーケティング)で取り組むもの。一部門だけの活動では目標に届かない
まとめ#
原価企画は「市場が決めた売価」を起点に、利益を確保しながら原価をコントロールする手法。「作ってから値段を決める」のではなく「値段を決めてから作り方を考える」という発想の転換がすべて。VEを通じて設計段階でコストを作り込むことで、量産後に利益が出ないという事態を防ぐ。日本の製造業が世界で戦えた理由の一つがこの原価企画にある。