ひとことで言うと#
自社の製品・サービスへの投資が何倍のリターンを生むかを数字で示し、顧客の合理的な購買判断を促す営業手法。「安いから買う」ではなく「投資として正しいから買う」に変える。
押さえておきたい用語#
- ROI(Return on Investment)
- 投資利益率。(リターン − 投資額)÷ 投資額 × 100% で算出する。
- TCO(Total Cost of Ownership)
- 製品の購入費だけでなく、導入・運用・保守まで含めた総保有コストを指す。
- ペイバック期間(Payback Period)
- 投資額を回収するまでに要する期間である。ROIと合わせて使う。
- ビジネスケース(Business Case)
- 投資の正当性を数字で示した稟議資料。ROI・TCO・リスクを含む。
- NPV(Net Present Value)
- 将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いた合計。大型投資の判断に使う指標。
ROI提案営業の全体像#
こんな悩みに効く#
- 「良い製品だけど高い」と価格だけで判断されてしまう
- 担当者は買いたいのに、稟議書の数字が弱くて承認が下りない
- 値引きしないと受注できない体質から脱却したい
基本の使い方#
隠しコストを後から追加すると信頼を失う。導入に必要な全コストを先に開示する。
| 費目 | 内容 |
|---|---|
| 初期費用 | ライセンス・導入支援・カスタマイズ |
| 年間運用費 | 保守・サポート・バージョンアップ |
| 社内コスト | 研修工数・データ移行工数(人件費換算) |
| 3年間TCO | 上記すべての合計 |
TCOを出すことで「初期費用は高いが3年間で見ると安い」というストーリーが作れる。
| カテゴリ | 例 | 算出方法 |
|---|---|---|
| コスト削減 | 工数削減、外注費削減 | Before金額 − After金額 |
| 売上増 | リードタイム短縮による商談増 | 改善件数 × 平均単価 × 成約率 |
| リスク回避 | 情報漏洩、法令違反 | 発生確率 × 損害額 |
リターンは保守的に見積もる。顧客に「この数字は控えめですか?」と確認し、「はい」と言ってもらえる水準が適切。
決裁者が3分で判断できるフォーマットで提示する。
■ 3年間TCO: 1,200万円
■ 年間リターン: 800万円
■ 3年間リターン: 2,400万円
■ ROI: 100%(投資額の2倍のリターン)
■ ペイバック期間: 18か月数字の後に「保守的に見積もった根拠」を1行ずつ添える。根拠のない数字は決裁者に響かない。
具体例#
従業員35名のRPA企業。従業員400名の商社の経理部門に請求書処理の自動化を提案。
TCO(3年間):
| 費目 | 金額 |
|---|---|
| 初期ライセンス | 180万円 |
| 導入支援 | 120万円 |
| 年間保守(×3年) | 216万円 |
| 社内研修工数 | 48万円 |
| 3年間TCO | 564万円 |
年間リターン:
| 項目 | 改善額 |
|---|---|
| 請求書処理工数削減(月40時間→8時間) | 115万円 |
| 入力ミス対応削減(月6件→0.5件) | 66万円 |
| 月末残業削減 | 54万円 |
| 年間リターン合計 | 235万円 |
ROI = (235万×3 − 564万) ÷ 564万 = 25%(3年間) ペイバック期間 = 564万 ÷ 235万 = 2.4年
CFOのコメント:「2年半で回収できるなら、来期の予算で承認する」。稟議はこのROI表がそのまま添付され、1回の取締役会で通過した。
従業員50名のMA企業。従業員600名の産業機器メーカーにリード育成ツールを提案。
営業部長は「うちはWebマーケなんて関係ない」と消極的だったが、ROIで判断が変わった。
現状の数字(営業部長と合意):
- 展示会年3回のリード: 年間900件
- リードからの商談化率: 4%(36件)
- 平均商談単価: 350万円
- 成約率: 25%
MA導入後の予測(保守的):
- Web経由リード追加: 年間600件
- 商談化率: 4% → 8%(育成による改善)
- 合計商談数: (900+600) × 8% = 120件
- 新規増分商談: 120 − 36 = 84件
- 新規受注見込み: 84 × 25% × 350万 = 7,350万円
年間ライセンス+運用費 480万円 に対し、増分売上 7,350万円。ROI 1,431%。
「仮にこの予測の10分の1しか実現しなくても、735万円の増収で投資は回収できます」と伝えたところ、営業部長が「10分の1でもペイするなら試す価値はある」と態度を軟化させ、受注に至った。
従業員12名の介護ICT企業。定員100名の特別養護老人ホームに介護記録システムを提案。
施設長は「ICTは便利かもしれないが、うちの予算では厳しい」と価格に敏感。
投資額: 年間利用料 96万円(月8万円)+ 初期導入費 30万円 = 初年度 126万円
リターン算出(施設長と数値を合意):
| 項目 | 算出根拠 | 年間削減額 |
|---|---|---|
| 記録時間削減 | 介護職40名 × 1日20分短縮 × 365日 × 時給1,800円 | 263万円 |
| 残業削減 | 月平均2時間/人 × 40名 × 12か月 × 割増時給2,250円 | 216万円 |
| 紙・インク代 | 月3万円 × 12か月 | 36万円 |
| 年間リターン | 515万円 |
ROI = (515万 − 126万) ÷ 126万 = 309%(初年度) ペイバック期間 = 126万 ÷ 515万 × 12 = 2.9か月
施設長は「3か月で回収できるとは思わなかった。記録時間の削減を介護の質向上に使えるなら、むしろ投資が少なすぎるくらい」とコメント。法人本部への報告書にROI表を添付し、グループ全5施設への展開が決定した。
やりがちな失敗パターン#
リターンを盛りすぎる — 楽観的な予測でROI 500%と出しても、顧客は「本当か?」と疑う。保守的な数字で「最低でもこのリターン」と示す方が信頼を得られる。
TCOを小さく見せようとする — 初期費用だけ提示して安く見せ、運用費を後から追加すると信頼が崩壊する。全コストを先に出す方が長期的にプラス。
数字だけで勝負しようとする — ROIの計算書を渡すだけでは、顧客は「この数字の前提が正しいかわからない」と感じる。ベースラインの数字を顧客と一緒に作る過程が信頼構築になる。
リスク回避の価値を数値化しない — コスト削減と売上増だけでROIを出すと、数字が小さくなりがち。情報漏洩リスク、法令違反リスク、人材流出リスクなど「起きた場合の損害額 × 発生確率」を加えると、投資の正当性が強化される。
まとめ#
ROI提案営業は、自社ソリューションへの投資を「費用」ではなく「リターンを生む投資」として顧客に認識させる手法である。TCOを正直に開示し、リターンを保守的に算出し、ペイバック期間を明示する。決裁者が合理的に判断できるビジネスケースを1枚にまとめ、稟議書にそのまま使える品質で提供するところまでが営業の仕事になる。