パワーベースマッピング

英語名 Power Base Mapping
読み方 パワーベース マッピング
難易度
所要時間 初回マッピングに1〜2時間、継続更新
提唱者 Jim Holdenの著書『Power Base Selling』で体系化
目次

ひとことで言うと
#

顧客組織内の意思決定に影響を与える人物の権力関係・立場・影響力を可視化し、誰にどのようにアプローチすべきかを戦略的に設計する分析手法。組織図の肩書きではなく、実際の「影響力の流れ」を把握する。

押さえておきたい用語
#

押さえておきたい用語
パワーベース(Power Base)
組織内で意思決定に実質的な影響力を持つ人物群を指す。公式の権限だけでなく、人望・専門性・政治力で影響力を行使する人も含む。
Fox(フォックス)
組織の実質的な意思決定に最も強い影響力を持つキーパーソンのこと。役職が高いとは限らず、社長の信頼が厚い参謀役であることも多い。
スポンサー(Sponsor)
自社の提案を社内で積極的に支持してくれる人物。チャンピオンに近いが、より上位の権限を持ち、予算確保に動いてくれる存在。
ブロッカー(Blocker)
自社の提案に対して反対の立場を取る人物のこと。競合を支持している場合と、現状維持を望んでいる場合がある。
インフルエンサー(Influencer)
決裁権は持たないが、決裁者の判断に間接的に影響を与える人物。技術評価者や現場のオピニオンリーダーが該当する。

パワーベースマッピングの全体像
#

権力構造の可視化:影響力の流れを読む
Fox(実権者)最終的な意思決定に最も影響力を持つ人物スポンサー自社を支持し社内で推進する味方ブロッカー反対・阻害の立場を取る人物支持抵抗技術評価者技術面の評価で判断に影響を与える現場リーダー現場の声を代表し上層部に意見する外部アドバイザーコンサル・業界人脈で意思決定に関与影響力の流れを可視化する組織図の肩書きではなく「誰が誰に影響を与えているか」を読む→ 味方を増やし、ブロッカーを中和する戦略を立てる
パワーベースマッピングの進め方フロー
1
関係者の洗い出し
案件に関わるすべての人物を組織図と商談情報から特定する
2
影響力と立場の評価
各人物の影響力の強さと自社への態度を評価する
3
関係性のマッピング
誰が誰に影響を与えているか、権力の流れを図に描く
攻略プランの策定
味方を強化し、ブロッカーを中和するアクションを設計する

こんな悩みに効く
#

  • 現場担当者とは仲が良いのに、いつも「社内調整中」で止まる
  • 知らない間に競合が上層部を押さえていて逆転される
  • 顧客組織の誰がキーパーソンなのか見当がつかない

基本の使い方
#

意思決定に関わる人物を洗い出す
組織図をベースに、案件の意思決定に直接・間接に関わる人物を全員リストアップする。名前、役職、部門だけでなく、「どの段階で関与するか」「誰と仲が良いか」も可能な限り把握する。チャンピオンや現場担当者に「他にこの件で意見を持っている方はいますか」と聞くのが効果的。
各人物の影響力と立場を評価する
リストアップした人物を、影響力(高/中/低)と自社への態度(支持/中立/反対)の2軸で評価する。影響力は役職だけでなく、社内での発言力・専門性・社長との関係で判断する。態度は商談での反応、質問の内容、競合への言及などから推測する。
権力の流れを図に描く
各人物を影響力の高さに応じて縦に配置し、人物間の関係性を矢印で描く。「AはBの意見を重視する」「CはDと対立している」「EはFの元上司で影響力がある」といった関係を可視化する。この図を見れば、Foxに到達するまでの「影響力の経路」が見えてくる。
攻略プランを策定する
マッピングをもとに、3つのアクションを設計する。(1)スポンサーを通じてFoxへの影響力を強める、(2)中立者を味方に取り込む、(3)ブロッカーの反対理由を特定し中和する。ブロッカーへの対処は「論破」ではなく「懸念の解消」が基本。競合を支持するブロッカーには、その競合では解決できない課題を顕在化させるアプローチが有効。

具体例
#

例1:セキュリティベンダーが中堅企業の導入案件で政治力学を読む

従業員50名のセキュリティベンダーが、中堅物流企業(従業員400名)にセキュリティ製品(年額600万円)を提案。情報システム部の担当者は好意的だったが、3か月間進展しなかった。

パワーベースの調査

人物役職影響力態度備考
A氏常務取締役不明最終決裁者、IT投資に慎重
B氏情シス部長中立Fox候補、A氏の信頼が厚い
C氏情シス課長支持チャンピオン候補
D氏経理部長反対コスト削減を強く主張
E氏外部IT顧問不明月1回の経営会議に出席

マッピングから見えた構造

B氏(情シス部長)がFoxだと想定していたが、実際にはE氏(外部IT顧問)がA氏(常務)に最も強い影響力を持っていた。E氏の推薦がなければA氏は承認しない構造になっていた。

攻略プラン

  1. E氏に接触するため、E氏が登壇する業界セミナーに参加し名刺交換
  2. E氏に「セキュリティ対策の業界動向レポート」を定期送付して信頼関係を構築
  3. D氏(ブロッカー)の懸念「コスト」に対し、インシデント発生時の損害試算(推定 3,500万円)を提示して投資対効果を示す

3か月後、E氏から「この会社の製品は良い」とA氏に推薦が入り、検討が加速。D氏の懸念も損害試算で中和され、導入が決定した。

例2:SaaS企業が大手メーカーの全社導入を攻略する

従業員200名のSaaS企業が、大手電機メーカー(従業員5,000名)に業務効率化ツールの全社導入(年額 3,000万円)を提案。部門別トライアルで3部門が利用中だったが、全社展開の承認が取れない状態が続いていた。

パワーベースの全貌

関係者15名をマッピングした結果、3つの権力ブロックが存在していた。

ブロックキーパーソン立場影響力
DX推進派CDO(最高デジタル責任者)強く支持
コスト管理派CFO条件付き中立
現状維持派総務部長反対

Foxの特定

CDOが推進しているが、CFOの同意がなければ予算が下りない構造。CFOが真のFoxであり、「投資対効果の明確な数字」があれば動くタイプだとわかった。

攻略の実行

  1. トライアル3部門の利用データを集計し、1人あたり月8.5時間の業務削減効果を定量化
  2. 全社5,000名に展開した場合の年間削減効果を 約2.5億円 と試算
  3. CFO向けの投資対効果レポートをCDO経由で提出

総務部長(ブロッカー)には「導入は段階的に行い、総務部は最後でよい」という譲歩を提示。反対の根本理由が「自部門の業務変更への抵抗」だったため、段階導入プランで懸念を解消した。

CFOが投資対効果に納得し、全社導入の予算が承認された。

例3:地方の印刷会社が自治体の入札で隠れたキーパーソンを発見する

従業員20名の地方印刷会社が、市の広報誌リニューアル案件(年額 360万円、3年契約)に挑戦。過去2回の入札では価格競争に敗れていた。

表面的な構造と実際の権力構造

公式の意思決定実際の影響力
広報課長が仕様を決定市長室の政策秘書が広報方針を指示
調達課が入札を管理広報課の若手担当が仕様書を実質的に作成
価格評価と技術評価技術評価の配点基準を副市長が重視

隠れたFoxの発見

地元の商工会議所の懇親会で、市長室の政策秘書が「広報誌を若者向けにリニューアルしたい」という強い意向を持っていることを知った。この政策秘書が広報課長に影響力を持つFoxだった。

攻略の組み立て

  1. 政策秘書の「若者向け」という意向を踏まえ、SNS連動型の広報誌デザインを企画
  2. 近隣市での若者向け広報誌のリニューアル実績(配布後のSNSフォロワー 2,800人増加)をまとめた資料を作成
  3. 広報課の若手担当に資料を共有し、仕様書に「デジタル連携」の評価項目が入るよう働きかけ

結果、技術評価の比重が上がった入札で 総合1位 を獲得。価格では2番目だったが、技術評価の差で逆転受注。3年契約の合計 1,080万円 を確保した。

やりがちな失敗パターン
#

  1. 組織図を権力構造と混同する:部長だから影響力が高い、課長だから低い、と役職だけで判断する。実際には「社長の耳に入る参謀役の課長」が最も影響力を持っていることがある。人物の発言力・社内での信頼度・人脈を多角的に評価する。

  2. ブロッカーを無視する:味方を増やすことに集中し、反対者への対処を後回しにする。ブロッカーは放置すると土壇場で反対意見を出し、案件をひっくり返す。早期にブロッカーの懸念を特定し、解消策を用意する。

  3. マッピングを1回きりで終わらせる:商談が進むにつれて人事異動、組織変更、新たな関係者の登場がある。月1回はマップを更新し、権力構造の変化を追跡する。特に人事異動の時期は要注意。

  4. 自社内の味方を明かしすぎる:「C課長が推薦してくれています」と競合に知られると、ブロッカーがC課長に圧力をかける。誰が味方かはマッピング上で管理し、不用意に顧客内の他の人物に漏らさない。

まとめ
#

大型案件の勝敗は、提案内容だけでなく顧客組織内の政治力学をどれだけ正確に読めるかで決まる。パワーベースマッピングで「誰が本当の実権者か」「誰がブロッカーか」「影響力はどう流れているか」を可視化し、Foxへの到達経路とブロッカーの中和策を計画的に実行することが受注への近道になる。