ひとことで言うと#
Happiness・Engagement・Adoption・Retention・Task Success の5つの軸でユーザー体験を定量的に測るフレームワーク。Google のリサーチチームが社内プロダクトの改善指標として開発し、現在は業界標準のUX計測手法となっている。
押さえておきたい用語#
- Happiness(ハピネス)
- ユーザーの主観的な満足度を示す指標。NPS やアンケートスコアで計測するのが一般的。
- Engagement(エンゲージメント)
- ユーザーがプロダクトにどれだけ深く関与しているかを表す。セッション頻度や滞在時間などで測る。
- Adoption(アドプション)
- 新規ユーザーや新機能の利用開始率。プロダクトの成長フェーズで特に重視される指標。
- Retention(リテンション)
- 一定期間後にユーザーが戻ってきているかを示す継続率を指す。
- Task Success(タスク サクセス)
- ユーザーが目的のタスクを効率的かつ正確に完了できたかを測る指標。完了率やエラー率で計測する。
- GSM(Goals-Signals-Metrics)
- HEARTの各軸に対してゴール→シグナル→指標の順で具体化する手法。HEARTとセットで使われる。
HEARTフレームワークの全体像#
こんな悩みに効く#
- プロダクトの改善をしたいが、何を指標にすればいいかわからない
- DAU や PV だけ追っていて、ユーザー体験の全体像が見えない
- チーム内で「何が成功なのか」の認識がバラバラ
基本の使い方#
5つすべてを同時に追うのは現実的ではない。プロダクトのフェーズに応じて優先する軸を1〜3つに絞る。
- ローンチ直後: Adoption(使い始めてもらえるか)と Task Success(問題なく使えるか)
- 成長期: Engagement(深く使ってもらえるか)と Retention(戻ってきてもらえるか)
- 成熟期: Happiness(満足しているか)と Retention(離れていないか)
選んだ軸ごとに、GSMの3層で具体化する。
- Goals: その軸で実現したい状態を一文で書く(例:「ユーザーが迷わずタスクを完了できる」)
- Signals: ゴールが達成されたときに観察できるユーザー行動を列挙する(例:「ヘルプページの閲覧が減る」「途中離脱が減る」)
- Metrics: シグナルを数値で計測する方法を決める(例:「タスク完了率 90%以上」「平均完了時間 30秒以内」)
設定した指標をダッシュボードに集約し、週次または隔週で確認する。
- 指標が悪化した軸に対して仮説を立て、改善施策を打つ
- 四半期に1回はGoals自体を見直す。プロダクトのフェーズが変われば注力軸も変わる
- 施策の効果は A/Bテストで検証し、数字で判断する
具体例#
Google マップチームが「リアルタイム混雑状況表示」機能をリリースした際のHEART適用例。
| 軸 | Goals | Signals | Metrics |
|---|---|---|---|
| Happiness | 混雑情報に満足してもらう | アプリ内評価の星の数 | 機能利用者の平均評価 4.2以上 |
| Adoption | リリース1ヶ月で認知させる | 混雑情報パネルのタップ | 週間タップユーザー率 35% |
| Task Success | 混雑を避けた訪問ができる | 混雑情報閲覧→出発のコンバージョン | 情報確認後の出発率 60%以上 |
チームは3軸に絞り、Engagement と Retention は次フェーズに先送りした。リリース後4週間で Adoption が 42% に到達し、Task Success も 67% を記録。Happiness の評価は 4.0 にとどまったため、混雑予測の精度改善を次スプリントの優先課題に設定した。
従業員200名のプロジェクト管理SaaS企業。無料トライアルからの有料転換率が 12% と低迷しており、HEARTで原因を切り分けることにした。
注力軸は Adoption と Task Success の2つ。
| 軸 | Goals | Signals | Metrics |
|---|---|---|---|
| Adoption | トライアル初日にプロジェクトを作ってもらう | プロジェクト作成ボタンのクリック | 初日のプロジェクト作成率 |
| Task Success | 初回タスク登録を3分以内に完了してもらう | タスク登録の完了 / 途中離脱 | 完了率・平均所要時間 |
計測の結果、初日のプロジェクト作成率はわずか 28%、タスク登録の途中離脱率が 45% だった。原因はプロジェクト作成画面の入力項目が多すぎること。必須項目を12個から3個に減らしたところ、プロジェクト作成率は 61% に、タスク登録完了率は 82% に改善。有料転換率も 12% → 19% に上がった。
人口8万人の市役所が、住民票のオンライン申請システムを導入して半年。窓口は混んだままで、オンライン利用率は 15% にとどまっている。
HEARTの5軸すべてで現状を棚卸しした結果がこちら。
| 軸 | 現状の数値 | 問題点 |
|---|---|---|
| Happiness | 満足度アンケート 2.8/5.0 | 「わかりにくい」という自由記述が最多 |
| Engagement | 月間ログイン 1.1回/人 | 1回使って終わり |
| Adoption | オンライン利用率 15% | 高齢者層の登録率が 3% |
| Retention | 2回目利用率 22% | リピーターがほぼいない |
| Task Success | 申請完了率 58% | 途中でエラーになり窓口に来る人が多い |
最優先は Task Success。申請フォームのエラーメッセージを改善し、入力補助を追加した結果、完了率は 58% → 84% に向上。「途中でやめて窓口に来た」件数が月200件から月45件に減り、結果として窓口の待ち時間も平均38分から22分に短縮された。
やりがちな失敗パターン#
- 5軸すべてを同時に追う ── リソースが分散して何も改善できない。フェーズに応じて1〜3軸に絞ることが鉄則
- Metricsだけ決めてGoalsを飛ばす ── 「DAUを追おう」といきなり指標を決めると、なぜその数字を上げたいのかがチーム内で共有されない。必ずGoals→Signals→Metricsの順で考える
- Happinessを軽視する ── 行動指標(Engagement, Retention)は追いやすいが、ユーザーの主観的な満足度を無視すると「使われているが嫌われている」状態を見逃す
- 指標を一度設定して放置する ── プロダクトのフェーズが変わったのに同じ指標を追い続けると、改善の方向がズレる。四半期ごとにGoalsを再評価する
まとめ#
HEARTフレームワークは、UXを「なんとなく良い・悪い」で語るのをやめて、5つの軸で構造的に計測するためのツール。5軸すべてを追うのではなく、プロダクトのフェーズに合わせて注力軸を選び、GSMで具体的な指標に落とし込むのがポイント。Google社内で磨かれた実績があり、スタートアップから行政サービスまで幅広く応用できる。