AHP(階層分析法)

英語名 Analytic Hierarchy Process
読み方 アナリティック ハイアラーキー プロセス
難易度
所要時間 2〜4時間(評価基準3〜5、選択肢3〜4の場合)
提唱者 トーマス・サーティ(ピッツバーグ大学、1970年代)
目次

ひとことで言うと
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複数の選択肢を複数の評価基準で比較する際に、基準同士や選択肢同士を2つずつペアにして「どちらがどれだけ重要か」を数値化し、最終的な優先順位を算出する意思決定手法。直感や声の大きさに頼らず、合理的な根拠で選べるようになる。

押さえておきたい用語
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押さえておきたい用語
一対比較(Pairwise Comparison)
評価対象を2つずつペアにして、相対的な重要度を数値で表す比較方法のこと。AHPの核となる手法。
重要度スケール(Saaty Scale)
一対比較で使う 1〜9の9段階尺度 を指す。1=同等、3=やや重要、5=重要、7=非常に重要、9=極めて重要。
一対比較行列(Pairwise Comparison Matrix)
一対比較の結果を正方行列にまとめたものである。対角線は1、対称位置は逆数が入る。
固有ベクトル(Eigenvector)
一対比較行列から算出される**各要素の相対的な重み(ウェイト)**のこと。合計が1になるよう正規化する。
整合性比率(CR: Consistency Ratio)
一対比較の矛盾の度合いを測る指標。CRが0.1以下なら許容範囲、超える場合は比較をやり直す。

AHPの全体像
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AHP:階層構造と一対比較による重み付け
第1層第2層第3層目標(Goal)最適なXを選ぶ評価基準A重み: 0.54一対比較で算出評価基準B重み: 0.30一対比較で算出評価基準C重み: 0.16一対比較で算出一対比較選択肢1総合スコア: 0.45選択肢2総合スコア: 0.33選択肢3総合スコア: 0.22各基準の重み × 各選択肢のスコア → 総合優先度整合性比率(CR)≦ 0.1 で判断の矛盾なし
AHPの実施フロー
1
階層構造を作る
目標・評価基準・選択肢の3層に分解する
2
基準の一対比較
評価基準同士をペアで比較し重みを算出する
3
選択肢の一対比較
各基準について選択肢同士をペアで比較する
総合スコア算出
重み×スコアの合計で最終優先順位を決定する

こんな悩みに効く
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  • 複数の評価基準がある中で、どの選択肢がベストか決められない
  • ベンダー選定やシステム選定で、関係者の意見がバラバラ
  • 「結局、声の大きい人の意見で決まる」状況を変えたい
  • 定性的な評価項目を含めた意思決定を数値化したい
  • 意思決定の根拠を第三者に説明する必要がある

基本の使い方
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ステップ1:目標・評価基準・選択肢を階層に整理する
まず意思決定の目標を1つ定義する(例:最適なCRMを選ぶ)。次に評価基準を3〜5個設定する(例:機能、コスト、サポート体制)。最後に比較する選択肢を並べる(例:Salesforce、HubSpot、Zoho)。これで3層の階層構造ができる。
ステップ2:評価基準の一対比較を行う
評価基準をペアにして「どちらがどれだけ重要か」を1〜9のスケールで評価する。たとえば「機能 vs コスト」で機能の方が3倍重要なら3を入れる。すべてのペアを比較したら一対比較行列を作り、固有ベクトルを求めて各基準の重みを算出する。
ステップ3:各基準について選択肢を一対比較する
評価基準ごとに、選択肢同士をペアで比較する。「機能」の観点でSalesforce vs HubSpotはどちらが優れているか、を同じ1〜9スケールで評価する。基準の数だけ一対比較行列を作る。
ステップ4:総合スコアを算出し整合性を確認する
各基準の重み × 各基準における選択肢のスコアを掛け合わせ、合計して総合優先度を算出する。整合性比率(CR)が0.1以下なら判断に矛盾がなく、結果を信頼できる。超えている場合は比較を見直す。

具体例
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例1:中小企業がクラウド会計ソフトを選定する

従業員20名の小売業。経理担当者がExcel管理に限界を感じ、クラウド会計ソフトの導入を検討。候補はfreee、マネーフォワード、弥生の3つ。

評価基準を4つ設定し、経理担当と社長の2名で一対比較:

基準の一対比較操作性機能コストサポート
操作性1325
機能1/311/23
コスト1/2214
サポート1/51/31/41

算出された重み: 操作性 0.47、コスト 0.28、機能 0.17、サポート 0.08

各基準で3ソフトを一対比較した結果の総合スコア:

  • freee: 0.42
  • マネーフォワード: 0.38
  • 弥生: 0.20

CR = 0.05(整合性OK)。操作性の重みが最も高く、freeeのUIが評価された。「何となくfreeeかな」という直感と一致したが、数字で根拠を示せたことで社長の承認がスムーズに得られた。

例2:製造業が設備投資の優先順位を決める

従業員300名の自動車部品メーカー。3つの設備投資案件(新型プレス機、検査装置の自動化、倉庫管理システム)が同時に上がり、予算の制約から1つしか進められない。

経営会議メンバー5名がAHPで評価:

  • 評価基準: 生産性向上(重み0.40)、品質改善(重み0.35)、投資回収期間(重み0.25)
  • CR = 0.07(整合性OK)
選択肢生産性品質投資回収総合スコア
新型プレス機0.540.200.330.37
検査装置自動化0.300.650.260.41
倉庫管理システム0.160.150.410.22

総合スコアで検査装置の自動化が最優先に。当初は生産性を重視して新型プレス機が有力だったが、品質改善の重みが高いことで結論が変わった。「基準の重み付けを先にやったことで、議論が感情的にならずに済んだ」と経営企画部長。

例3:自治体が防災拠点の立地を選定する

人口8万人の地方自治体が新しい防災備蓄倉庫の建設候補地を3ヶ所から選定する。住民説明会での合意形成が求められるため、選定根拠の透明性が重要だった。

評価基準と重み(住民アンケートと専門家評価の加重平均):

  • アクセス性(重み0.35): 主要道路からの距離、避難経路の数
  • 安全性(重み0.30): 洪水・土砂災害リスク、地盤強度
  • コスト(重み0.20): 用地取得費、造成費
  • 拡張性(重み0.15): 将来の増築可能性

3候補地を各基準で一対比較した結果:

  • A地点(駅前): 総合スコア 0.31
  • B地点(河川沿い): 総合スコア 0.24
  • C地点(丘陵地): 総合スコア 0.45

C地点はアクセス性でやや劣るものの、安全性と拡張性で高得点。住民説明会では一対比較行列と重み付けのプロセスをそのまま公開し、「なぜC地点なのか」を定量的に説明できたことで、反対意見が当初の32%から8%に下がった。

やりがちな失敗パターン
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  1. 評価基準を7個以上に増やしてしまう。 基準が増えると一対比較の回数が爆発的に増え(n個でn(n-1)/2回)、評価者の集中力が続かず整合性が崩れる。3〜5個が実用的な範囲。

  2. 一対比較の際に絶対評価を混ぜてしまう。 AHPは相対比較のフレームワーク。「Salesforceは80点、HubSpotは70点」のような絶対評価を入れると本来の仕組みが壊れる。必ず「AとBではどちらがどれだけ優れているか」で比較する。

  3. 整合性比率(CR)を無視する。 CRが0.1を超えているのに結果を採用すると、矛盾した判断に基づく意思決定になる。超えた場合は「どのペアの比較が矛盾しているか」を特定して修正する。

  4. 結果を鵜呑みにして定性的な判断を放棄する。 AHPは意思決定の「補助ツール」であり、最終判断を機械的に委ねるものではない。数字は判断材料の1つとして活用する。

まとめ
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AHP(階層分析法)は、「何をどの基準で選ぶか」という複雑な意思決定を、一対比較という単純な問いの積み重ねで定量化する手法だ。評価基準を3〜5個に絞り、選択肢を2つずつ比較していけば、直感では見えなかった優先順位が数字として浮かび上がる。ベンダー選定、設備投資、立地選定など「関係者の合意が必要な場面」で特に力を発揮する。