ひとことで言うと#
「ブランドが成長するのは、ロイヤル顧客を深堀りするからではなく、年に1〜2回しか買わないライトバイヤーを広く獲得し、次に買う瞬間に"思い浮かんでもらう"状態を維持するから」——エーレンベルク・バス研究所がコカ・コーラ、ソニーほか数十カテゴリの購買実データから導き出したブランド成長の代替理論。「ロイヤルティを育てれば成長する」という従来モデルを実証データで否定する。
押さえておきたい用語#
- メンタルアベイラビリティ(Mental Availability)
- 購買シーンが発生した瞬間に、そのブランドが頭に浮かびやすいかどうかのこと。「疲れたときの一杯」「大切な場面でのギフト」など、購買シーン(CEP)とブランドの連想の強さと広さで決まる。
- フィジカルアベイラビリティ(Physical Availability)
- 買いたいと思ったときに、すぐ買えるかどうかのこと。実店舗の棚、ECの検索順位、自動販売機の設置数など、購買の「摩擦」の低さを指す。
- ライトバイヤー(Light Buyer)
- カテゴリを年に数回しか購入しない消費者のこと。一見重要でなさそうだが、ブランドの売上の大部分はライトバイヤーが担う。数が多いが関与度は低く、特定ブランドへのこだわりも少ない。
- ダブル・ジェパディの法則(Double Jeopardy Law)
- 小さいブランドは購買者数が少ないだけでなく、1人あたりの購買頻度も低いという経験則。「ロイヤルティが低いから市場シェアが小さい」ではなく、「市場シェアが小さいからロイヤルティも低く見える」のが実態。
- ディスティンクティブアセット(Distinctive Assets)
- ブランドを瞬時に識別させる固有の要素のこと。色、音楽、キャラクター、フォントなど。ブランド名を見せずとも「あのブランドだ」とわかるもの。
オルタネイトモデルの全体像#
こんな悩みに効く#
- ロイヤルティプログラムに投資してきたが、売上が伸び悩んでいる
- 既存顧客へのリターゲティングが多く、新規客の獲得コストが高騰している
- ブランド認知率は高いのに、購買シーンで思い浮かんでもらえていない
基本の使い方#
まず、既存の購買データから「誰が自社ブランドを買っているか」の実態を把握する。
確認すべき指標:
| 指標 | 内容 | 目安 |
|---|---|---|
| ライトバイヤー比率 | 年1〜2回購買の顧客 ÷ 全購買顧客数 | 多くのブランドで60%以上 |
| 浸透率(Penetration) | 自社購買顧客数 ÷ カテゴリ購買人口 | 競合より低ければ成長余地あり |
| 平均購買頻度 | 総購買回数 ÷ 購買顧客数 | カテゴリ平均と比較 |
ダブル・ジェパディの確認: 競合ブランドの購買者数と購買頻度を比較する。購買者数が多いブランドほど購買頻度も高い傾向があり、自社の購買頻度が競合より際立って低くても「ロイヤルティが低いせい」ではなく「浸透率が低いせい」であることが多い。対処法はロイヤルティ施策ではなく、浸透率を高めること。
消費者がカテゴリの購買を「思い立つ瞬間」を洗い出す(→ category-entry-points フレームワーク参照)。
CEP特定の手順:
- 消費者インタビュー: 「最後にこのカテゴリを買ったのは、どんな状況でしたか?」(10〜15名)
- 購買ログ分析: 購買の曜日・時間・場所のパターンを集計
- SNS分析: カテゴリ関連投稿のシーン語(朝、仕事中、疲れた、など)を抽出
自社の連想強度を確認: 各CEPで「自社ブランドを思い浮かべた」人の割合(ブランドリンケージスコア)を調査する。競合に比べて弱いCEPが、メンタルアベイラビリティ強化の優先ターゲットになる。
「購買シーンが来たとき、真っ先に思い浮かぶブランド」になるための施策を実施する。
3つのアクション:
① リーチ優先の広告展開 ロイヤル顧客への高頻度接触より、カテゴリ購買者全体への広いリーチを優先する。テレビ・動画・OOHなど、リーチ効率の高い媒体を使う。リターゲティング(既存客への再接触)に広告予算を集中させている場合は比率を見直す。
② CEPを広告クリエイティブに明示する 「朝の」「疲れたときの」「大切な日の」など、購買シーンを広告コピーや映像に具体的に入れる。「この場面 = このブランド」の連想を消費者の脳内に繰り返し刻む。
③ ディスティンクティブアセットを一貫して使い続ける ブランドカラー、ロゴ、音楽、キャラクターを変えない。広告クリエイティブが変わっても、ディスティンクティブアセットが一定なら「あのブランドだ」と即座に認識される。変えたくなる衝動を抑え、「飽き飽きするほど」使い続けるのが正しい運用だ。
メンタルアベイラビリティが高くても、「買えなければ」選ばれない。購買の摩擦をゼロにする。
チャネル別の強化施策:
| チャネル | 施策例 |
|---|---|
| 実店舗 | 棚の視認性(目線の高さ)・フェイシング(陳列面数)を増やす |
| EC | 検索キーワードでの上位表示、カテゴリTOP掲載 |
| 自販機・飲食店 | 設置店舗数・設置機器数の拡大 |
| デジタル | 購買意図の高いキーワード広告(Google・Amazon)の整備 |
「消費者が思い立ってから買うまで」に障壁がひとつでもあれば競合に流れる。 クリック数、棚までの歩数、在庫切れ頻度を継続的に下げることが、フィジカルアベイラビリティの実務的な定義になる。
具体例#
状況: 飲料ブランドがロイヤルティアプリを導入し、重購買者向けのポイントプログラムに2年間投資。アプリDAUは伸びたが、売上は横ばい。
オルタネイトモデルで分析:
- アプリ会員(年6回以上購買): 8万人、売上貢献24%
- ライトバイヤー(年1〜2回購買): 420万人、売上貢献58%
- カテゴリ購買者で自社未購買: 1,200万人
施策転換:
- 広告予算をアプリ施策から地上波・動画広告のリーチ型へ移行(8万人 → 150万人へリーチ拡大)
- 広告クリエイティブに「仕事終わりの1本」「あの夏の帰り道」などCEPを明示
- コンビニの棚面数を現状の1.4倍に交渉(フィジカルアベイラビリティ強化)
結果(18ヶ月後): ブランドの購買者数が23%増加、売上1.32倍。ロイヤル顧客のLTVはほぼ変化なし。「浸透率の拡大」が売上増の本体だった。
状況: 中堅ITセキュリティベンダー。ABM(アカウント・ベースド・マーケティング)で特定の検討企業150社に高頻度でアプローチしてきたが、新規商談が月8件で頭打ちに。
オルタネイトモデルで分析:
- ABM対象(年3件以上接触): 150社、受注貢献31%
- ライトタッチ(年1〜2回接触): 2,400社、受注貢献54%
- 未開拓(カテゴリ認識あるが接触なし): 推定18,000社
施策転換:
- マーケ予算の40%をABMからCISO・IT責任者向け業界メディア広告・技術カンファレンス協賛へ転換
- 広告クリエイティブに「コンプライアンス監査の前週」「経営会議でインシデントを報告しなければならないとき」というCEPを明示
- G2 Crowd・Gartner Peer Insightsでの露出を強化(フィジカルアベイラビリティ:比較検討時に必ず視野に入る状態を作る)
結果(12ヶ月): 新規商談数が月8件 → 21件。ABM対象外からの問い合わせが総リードの18% → 47%へ拡大。「競合比較なし」でそのまま発注するケースが増えたと営業チームが報告した——リーチ型の広告でメンタルアベイラビリティを先に作っておくと、商談に入ったときの信頼コストが下がる。
状況: 地方の菓子メーカー。地元での認知率97%、圧倒的トップシェア。全国展開を目指し東京でのマーケティングを開始したが、思うように新規顧客が獲れない。
問題の整理(オルタネイトモデル視点):
- 東京では知名度ゼロ → メンタルアベイラビリティがない
- ECのみ販売 → フィジカルアベイラビリティが低い
- 「地元の有名菓子」という訴求 → 東京消費者のCEPと合致していない
戦略:
- CEP設計: 「職場へのお土産」「おやつタイム」「ギフト」というCEPでポジショニング
- メンタルアベイラビリティ: 東京ターゲットのYouTube・Instagram広告でリーチ優先で配信
- フィジカルアベイラビリティ: 首都圏の物産店・駅ナカ店舗への出店交渉
結果(6ヶ月): 東京での月次売上が8倍(ベースが小さいため)。ECの東京発送が月42件 → 280件へ。東京在住者の認知率0% → 18%。ディスティンクティブアセット(パッケージの色と文字)を一切変えずリーチを拡大したことで、入手した人が「SNSで目にして知っていた」という連想経路が機能した。
やりがちな失敗パターン#
「ロイヤルティが低い = 問題」と診断してしまう — ダブル・ジェパディの法則通り、小さいブランドのロイヤルティ指標が低いのは当然。対症療法的なロイヤルティプログラムに投資しても売上は伸びない。先に浸透率(購買者数)の向上を優先する
リターゲティング広告に予算を集中させる — 既存顧客・サイト訪問者への再接触は効率的に見えるが、新規リーチがゼロになる。広告予算の30〜50%以上をコールドオーディエンスへのリーチに割く
ディスティンクティブアセットを頻繁に変える — 「新鮮さ」を求めてロゴやカラーを変えると、消費者の脳内の連想が壊れる。ブランドの視覚的要素は「飽き飽きするほど」一貫して使い続けるのが正しい
メンタルだけ、フィジカルだけに偏る — 認知は上がっても棚がなければ売れない。逆に棚があっても思い浮かばなければ見過ごされる。両輪で同時に強化する
まとめ#
オルタネイトモデルが示す核心は「ブランドの成長はロイヤル顧客の深堀りではなく、ライトバイヤーへの到達から生まれる」という実証的な発見にある。マーケティング投資の優先順位を「ロイヤルティ育成」から「メンタルアベイラビリティ(CEPでの想起)」と「フィジカルアベイラビリティ(購買の摩擦低減)」の強化へ置き換えることが、このモデルの実践的な価値だ。ロイヤルティプログラムを否定するわけではないが、それは「成長の主エンジン」ではなく「成長後の収益効率化」として位置付けるのが正しい使い方となる。