段階的運動療法

英語名 Graded Exercise Therapy
読み方 グレーデッド エクササイズ セラピー
難易度
所要時間 12〜24週間(プログラム全体)
提唱者 英国NICE(国立医療技術評価機構)ガイドラインほか
目次

ひとことで言うと
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「できる最小限」から始めて、少しずつ運動量を増やしていく回復プログラム。長期間の運動不足、慢性疲労、ケガからの復帰に使われる。いきなり頑張るのではなく、「楽すぎるくらい」からスタートし、体の反応を見ながら段階的にレベルを上げていく。

押さえておきたい用語
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押さえておきたい用語
ベースライン(Baseline)
今の自分が翌日に疲れを残さずにできる運動量のこと。段階的運動療法ではここを起点に漸増していく。
10%ルール
週あたりの運動量増加を最大10%に抑える安全基準である。急な増量による体調悪化を防ぐための目安。
ブーム&バスト(Boom and Bust)
調子の良い日にやりすぎて翌日ダウンする悪循環パターンを指す。段階的運動療法で最も避けるべき行動。
RPE(Rating of Perceived Exertion)
主観的運動強度の尺度。1〜10のスケールで運動のキツさを自己評価し、段階的増量の判断材料にする。

段階的運動療法の全体像
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段階的運動療法:ベースラインから始めて安全に上昇する
ベースライン楽すぎるくらいの運動量から開始+10%/週翌日の疲労を見て段階的に増量安定期中強度運動30分を週3回以上こなせる通常プログラムへ12〜24週間で運動習慣が定着症状モニタリング(毎日)翌日の疲労感が5以上 → 前の週に戻す運動量↑時間→
段階的運動療法の進め方フロー
1
ベースライン設定
翌日に疲れが残らない運動量を見つける
2
10%ずつ漸増
毎週少しずつ運動量を増やす
3
症状モニタリング
翌日の疲労を記録し増量を判断
運動習慣の定着
12〜24週間で通常プログラムへ移行

こんな悩みに効く
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  • 運動したいが何から始めればいいかわからない
  • 運動するとすぐ疲れて翌日ダウンしてしまう
  • ケガをしてから運動が怖くなった

基本の使い方
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ステップ1: ベースラインを設定する

まず「今の自分が無理なくできる運動量」を見つける。

ベースラインの見つけ方:

  1. 散歩を始める(ゆっくりでOK)
  2. 「翌日に疲れが残らない」時間を探す
  3. それがあなたのベースライン

例:

  • 5分歩いて疲れが残らない → ベースライン = 5分の散歩
  • 10分歩くと翌日だるい → ベースラインは10分より少ない
  • 3分なら全く問題ない → ベースライン = 3〜5分

重要: ベースラインは「楽すぎる」と感じるくらいが正解。がんばれる量ではなく、翌日に影響しない量。

ステップ2: 10%ルールで段階的に増やす

ベースラインが安定したら、週に10%ずつ増やす。

増やし方の例(ベースライン: 5分の散歩):

時間内容
1-2週目5分ゆっくり散歩
3週目5.5分ゆっくり散歩
4週目6分ゆっくり散歩
5-6週目7分散歩(少し早歩きを混ぜる)
8週目8分早歩き中心
12週目12分早歩き
16週目15〜20分軽いジョギング混ぜる

守るべきルール:

  • 1週間に増やすのは10%まで
  • 翌日に疲れが残ったら、前の週のレベルに戻す
  • 調子がいい日も計画以上にやらない
ステップ3: 症状モニタリングを行う

毎日の体調を簡単に記録して、増量のタイミングを判断する。

記録する項目(1〜10のスケールで):

  • 疲労感(朝起きた時)
  • 運動中のしんどさ
  • 翌日の体調

判断基準:

  • 翌日の疲労感が3以下を2週間キープ → 次のステップへ
  • 翌日の疲労感が5以上 → 今のレベルを維持 or 戻す
  • 翌日の疲労感が7以上 → 確実に戻す

「ブーム&バスト」を避ける: 調子がいい日にやりすぎて、翌日ダウンするパターンが最大の敵。

ステップ4: 長期目標に向けて移行する

12〜24週間で基礎体力が回復したら、通常のトレーニングプログラムに移行できる。

移行の目安:

  • 30分の中強度運動(早歩き・軽いジョギング)が翌日に影響なくできる
  • 週3回以上の運動が安定してこなせる
  • 日常生活での疲れが大幅に減った

移行先の例:

  • ゾーントレーニング
  • 全身筋トレ週3回
  • HIITの初心者向けプロトコル

具体例
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例1:3年間の運動ゼロ状態から半年で5km走れるようになる

状況: コロナ禍のリモートワークで3年間ほぼ運動ゼロの35歳男性。500m歩くだけで息切れ。いきなりジョギングしたら膝を痛めた過去あり。

段階的運動療法プログラム:

  • 1-2週目: 5分の散歩 × 週5回
  • 3-4週目: 7分の散歩 × 週5回
  • 5-8週目: 10〜15分の散歩 × 週5回
  • 9-12週目: 20分の早歩き × 週4回
  • 13-16週目: 早歩き20分 + ジョグ2分 × 週4回
  • 17-20週目: ジョグ10分 + 歩き10分 × 週3回
  • 21-24週目: ジョグ20分 × 週3回
指標開始時3ヶ月後半年後
連続歩行可能時間5分20分35分走行
体重78kg75kg73kg
5kmタイム計測不能35分で完走
階段での息切れ2階で限界なしなし

最初の1ヶ月は「こんなに少なくていいの?」と感じた。だが一度も挫折せず半年で5km完走。焦らないことが、結局最速のルートだった。

例2:慢性疲労症候群の30代女性が日常生活を取り戻す

状況: 32歳女性、SE。2年前から慢性疲労症候群で休職中。家事も満足にできず、買い物に行くと翌日寝込む。医師の指導で段階的運動療法を開始。

超低強度からのスタート:

  • 1-4週目: 室内で立ち上がる → 座る × 5回/日
  • 5-8週目: 玄関先まで歩いて戻る × 2回/日(片道30秒)
  • 9-12週目: 家の周りを3分散歩 × 1回/日
  • 13-20週目: 5〜10分の散歩 × 1回/日
  • 21-30週目: 15分の散歩 + 軽いストレッチ
指標開始時4ヶ月後8ヶ月後
疲労スケール(1-10)常に8〜95〜63〜4
買い物不可能近所のコンビニ可スーパーで30分可
家事ほぼ不可簡単な調理可一通り可能
復職不可在宅で週2日開始在宅フルタイム

最初のベースラインは「立ち上がること」だった。常識的には運動とすら呼べない量。だが8ヶ月で在宅フルタイム復職を達成した――。

例3:膝の手術後に競技復帰した高校サッカー部員

状況: 高校2年生のサッカー部員。前十字靭帯再建手術から3ヶ月経過。リハビリは順調だが「再断裂が怖い」という恐怖で全力プレーができない。

段階的復帰プログラム(理学療法士の指導下):

  • 1-2週目: プールでの歩行30分 × 週4回
  • 3-4週目: 平地ジョギング15分 × 週3回
  • 5-6週目: ジョギング20分 + 軽いドリル
  • 7-8週目: 直線ダッシュ(70%強度)+ アジリティ基礎
  • 9-10週目: 方向転換を含むドリル + ボール練習
  • 11-12週目: チーム練習に部分参加(非接触)
  • 13週目〜: フルコンタクト練習に復帰
指標術後3ヶ月術後6ヶ月(復帰時)
膝の屈曲角度120度140度(健側と同等)
片脚ジャンプ力健側の65%健側の92%
恐怖心(1-10)93
プレー強度参加不可練習試合フル出場

恐怖心を一気に克服する方法はない。「安全だった」という成功体験を段階的に積むしかない。片脚ジャンプ力は健側の**92%**まで回復し、練習試合にフル出場できた。

やりがちな失敗パターン
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  1. 調子がいい日にやりすぎる — 「今日は元気だから倍やろう」が翌日のダウンを招く。計画通りに淡々とやるのが最速ルート
  2. 最初のベースラインを高く設定する — 「散歩5分なんて運動じゃない」と思いがちだが、翌日に影響が出るなら多すぎる。プライドを捨てて「楽すぎる」から始める
  3. 後退を失敗と捉える — 体調が悪くてレベルを下げるのは正常なプロセス。2歩進んで1歩下がるペースで確実に前進する
  4. 他人と比較して焦る — SNSの「3ヶ月で10kg減」などの情報に影響され、計画を無理に加速させる。自分のベースラインと疲労感だけが基準

まとめ
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段階的運動療法は 「最も確実な運動復帰法」。ベースラインを見つけ、週10%ずつ増やし、翌日の疲労をモニタリングする。地味に見えるが、挫折率が圧倒的に低い。「こんなに少なくていいの?」と思うところからスタートして、半年後には別人になれる。焦らないことが、結局一番速い