ひとことで言うと#
デザイン思考の5ステップ(共感→定義→発想→試作→検証)をダッシュボード・レポート・データプロダクトの設計に適用し、「技術的に正しいが誰も見ないダッシュボード」を「意思決定に使われるデータ体験」に変えるアプローチ。データの利用者を深く理解し、その人がどんな場面で・何を知りたくて・どう行動したいかを起点に設計する。
押さえておきたい用語#
- 共感(Empathize)
- データの利用者を観察・インタビューし、その人が本当に求めている情報と文脈を理解するステップ。
- 定義(Define)
- 共感から得た洞察を「利用者は○○の場面で△△を知りたいが、□□が障壁になっている」という課題定義文にまとめるステップ。
- 発想(Ideate)
- 課題を解決するダッシュボードのレイアウト・指標・インタラクションのアイデアを広げるステップ。
- 試作(Prototype)
- 紙やツールで低コストのモックアップを作り、利用者の反応を確認できる状態にするステップ。
- 検証(Test)
- 利用者にプロトタイプを使ってもらい、実際に意思決定に使えるかをフィードバックで確認するステップ。
データのためのデザイン思考の全体像#
こんな悩みに効く#
- ダッシュボードを作ったのに誰も見ていない
- 利用者から「欲しい数字がない」「どこを見ればいいか分からない」と言われる
- グラフや指標を増やすほど画面が複雑になり、かえって使いにくくなった
- データチームが「正しいデータ」を出しているのに、事業部門の意思決定に活かされない
基本の使い方#
ダッシュボードの設計前に、利用者がデータをどんな場面で・どう使っているかを観察する。
- 利用者の横に座り、普段どのようにダッシュボードを見ているか観察する(シャドウイング)
- 「この数字を見て、次に何をしますか?」と聞く(意思決定の接続)
- 「毎朝見る」「異常があったときだけ見る」「月末にまとめて見る」など利用頻度とタイミングを把握
- データリテラシーのレベルを確認: 統計用語を使うか、平易な表現が必要か
共感ステップの洞察を、具体的な課題定義文にまとめる。
- フォーマット: 「[誰が] は [どんな場面で] [何を知りたい] が、[何が障壁] になっている」
- 例: 「マーケ部長は毎朝の朝会で、昨日のキャンペーン効果を把握したいが、3つのダッシュボードを横断しないと全体像が見えない」
- 課題が複数ある場合は利用頻度×インパクトで優先順位をつける
いきなりBIツールで作り込まない。まず紙やFigmaでモックを作る。
- 紙プロトタイプ: A4用紙にダッシュボードのレイアウトを手描きする。5分で作れる
- ワイヤーフレーム: Figma やスライドでざっくりした画面構成を作成
- 情報の優先順位: 最も重要な指標(KPI)を画面の左上に配置する
- 段階的開示: 概要→詳細→ドリルダウンの3層構造で認知負荷を管理する
- 「見る」で終わらせず「次の行動」を促すUIを入れる(例: 異常値にアラートバッジ、ワンクリックで原因分析画面へ遷移)
モックを利用者に見せ、実際の意思決定シナリオで使えるかテストする。
- 「昨日のキャンペーンで異常が起きています。このダッシュボードで原因を特定してください」と実タスクを依頼
- 利用者がどこを見て、何に迷い、どう判断するかを観察する
- 「足りない情報」「不要な情報」「分かりにくい表現」をフィードバックとして収集
- フィードバックを反映して修正し、再度テスト。2〜3回の反復でBIツールでの本実装に移行
具体例#
従業員300名のSaaS企業。データチームが3か月かけて構築した経営ダッシュボード(Looker、40枚のグラフ)の月間アクティブユーザーは8名。経営陣12名のうち4名しか開いておらず、残りは「見方が分からない」と元のスプレッドシートを使い続けていた。
共感ステップ: 経営陣6名にシャドウイングとインタビューを実施。発見した事実:
- 朝会は15分。データを見るのは最初の5分で、残りは議論に使いたい
- 「40枚のグラフがあるが、朝会で見たいのは5つだけ」
- CFOは「前月比と予算比が一目で分かればいい。ドリルダウンは不要」
- COOは「異常値だけ教えてくれれば、正常なときは見ない」
課題定義: 「経営陣は毎朝5分で事業の健全性を把握したいが、40枚のグラフから必要な情報を探す認知負荷が高すぎて、ダッシュボードを開くこと自体を避けている」
試作と検証:
- 紙プロトタイプで「1枚サマリー」を設計: KPI 5個 + 異常値アラート + 前月比/予算比の色分け
- 経営陣3名にレビューしてもらい、「グラフより数字の方が早い」「赤/黄/緑の信号機表示が直感的」というフィードバックを反映
- 詳細は「クリックしたら見られる」2層目に移動
再設計後の成果:
- ダッシュボードの月間アクティブユーザー: 8名 → 24名(経営陣全員+部長クラス12名)
- 朝会での「データを探す時間」: 5分 → 1分
- CEOのコメント: 「これなら毎日見る。前のダッシュボードは図書館に入った気分だった」
従業員150名のBtoB企業。営業チーム30名にSalesforceのダッシュボードを提供しているが、「見ても何をすればいいか分からない」という声が多く、実際に週1回以上見ている営業は6名だけだった。
共感ステップ: 営業5名の1日に密着して観察。発見:
- 営業は朝イチに「今日やるべきこと」を知りたい。パイプライン全体の数字ではない
- 商談が停滞しているかどうかの判断基準が人によって違う(「2週間動きがない」vs「1か月」)
- マネージャーは週次の1on1で「なぜ商談が進まないか」を聞くが、データで事前に把握したい
課題定義:
- 営業個人: 「今日アクションすべき商談」がダッシュボードから即座に分からない
- マネージャー: 「停滞商談」の基準が統一されておらず、1on1が感覚的な議論になる
試作:
- 営業向け: 「今日の3アクション」カード。直近30日間アクティビティがない商談、契約予定日が7日以内の商談、スコアが急低下した商談を自動抽出
- マネージャー向け: チーム全体の「停滞商談率」を1枚で表示。停滞の定義は「14日間アクティビティなし」に統一
検証と結果: 営業5名に2週間のパイロット → フィードバックで「商談金額も表示してほしい」「ワンクリックでSalesforceの商談詳細に飛びたい」を追加
全体展開後の成果(3か月後):
- ダッシュボード週1回以上利用: 6名 → 26名
- 停滞商談の平均滞留日数: 34日 → 18日(早期にアクションが取られるようになった)
- 四半期の成約率: 18% → 23%
従業員100名のSaaS企業。データサイエンティストが構築した解約予測モデル(AUC 0.82)をダッシュボードに実装したが、カスタマーサクセス(CS)チーム8名は誰も使っていなかった。
共感ステップ: CSメンバー4名にインタビュー。発見:
- 「解約確率72%」と言われても何をすればいいか分からない
- 予測モデルの精度(AUC 0.82)の意味が理解できない
- CSは「なぜ解約しそうなのか」の理由が知りたい。確率の数字だけでは行動に移せない
- 現在は「契約更新日の1か月前」にリマインダーが来るだけで、それ以前の兆候を拾えていない
課題定義: 「CSチームは解約リスクの高い顧客に早期介入したいが、予測スコアだけでは『なぜリスクが高いのか』『何をすべきか』が分からず、行動に接続できない」
試作:
- 予測スコアを「高リスク(赤)・中リスク(黄)・低リスク(緑)」の3段階に変換(数値より直感的)
- 各顧客カードに「リスク要因Top 3」を表示: ログイン頻度低下、サポート問い合わせ増加、主要機能の利用停止 など
- リスク要因ごとに推奨アクションをテンプレートで提示: 「ログイン頻度低下 → 活用支援セッションの提案メールを送信」
- 推奨アクションのボタンを押すとメールテンプレートが開く(行動までの摩擦を最小化)
検証と反復: CS 4名で2週間パイロット → 「優先順位が分かりやすい」「推奨アクションがあると迷わない」と好評。「対応済みフラグがほしい」というフィードバックを反映して追加。
全体展開後の成果(6か月後):
- ダッシュボードの日次利用率: 0% → 88%(CS 8名中7名が毎日利用)
- 解約リスク顧客への早期介入率: 15% → 72%
- 月間解約率: 3.2% → 2.1%
- ARR(年間経常収益)への影響: 解約率改善により年間約1,800万円の収益維持
やりがちな失敗パターン#
- 利用者に聞かずにダッシュボードを作る — データチームが「重要だと思う指標」と、利用者が「実際に知りたい情報」はズレていることが多い。最低3名の利用者インタビューから始める
- 情報を詰め込みすぎる — 「せっかく作るから全部載せよう」は最悪のアプローチ。1画面の指標は5〜7個が認知負荷の上限。詳細はドリルダウンで段階的に開示する
- 「見る」で止まり「行動」に接続しない — 数値を表示するだけでは意思決定に使われない。「この数字が○○以上なら△△する」というアクション導線をダッシュボードに組み込む
- 本実装してからフィードバックを求める — BIツールで作り込んでから「どうですか?」と聞くと、修正コストが高い。紙やFigmaの段階で検証し、2〜3回の反復を経てから実装する
まとめ#
データのためのデザイン思考は、ダッシュボードやレポートの設計に「利用者への共感」を持ち込むことで、「技術的に正しいが使われないデータ」を「意思決定を駆動するデータ体験」に変えるアプローチである。最も重要なのは設計の前に利用者の横に座ること。その人が何の判断のためにデータを見ているかを理解すれば、40枚のグラフより1枚のサマリーが価値を持つ場面が必ず見つかる。