ひとことで言うと#
10〜15枚のスライドで、ビジネスの全体像を伝え、相手に「この話をもっと聞きたい」と思わせるプレゼン資料の作り方。投資家向けの資金調達に限らず、社内の新規事業提案やコンペでも使える、ビジネス提案の王道フォーマット。
押さえておきたい用語#
- ピッチデック(Pitch Deck)
- 投資家や意思決定者に事業の全体像を伝える10〜15枚のプレゼン資料のこと。短時間で「もっと聞きたい」と思わせることがゴール。
- TAM / SAM / SOM
- 市場規模を3段階で示すフレームワークである。TAM(総市場)→SAM(到達可能市場)→SOM(初期獲得市場)の順に絞り込む。
- トラクション(Traction)
- サービスの実績・成長の兆しを示す数字を指す。ユーザー数、売上、成長率など、「夢物語ではない」ことを証明する材料。
- Ask(アスク)
- ピッチの最後に提示する具体的な依頼・要求のこと。調達額、使途、期待するリターンなど。
ピッチデック作成法の全体像#
こんな悩みに効く#
- 新規事業のプレゼンを作ったが「で、何がすごいの?」と言われる
- スライドが多すぎて、何が重要なのかわからない資料になる
- 提案の熱意はあるのに、論理的に説得できない
基本の使い方#
ピッチデックの基本10枚を以下の順序で構成する。
- タイトル: 会社/プロジェクト名、一言キャッチコピー
- 課題: 解決しようとしている問題(共感を生む)
- 解決策: 自社のプロダクト/サービスの概要
- 市場規模: TAM/SAM/SOMで市場の大きさを示す
- ビジネスモデル: どうやって収益を上げるか
- トラクション: これまでの実績・成果
- 競合優位性: なぜ自社が勝てるのか
- チーム: なぜこのチームが最適か
- 財務計画: 収支予測とマイルストーン
- Ask: 調達額と使途、またはお願いしたいこと
聴き手が「それ、確かに困っている」と感じる課題の描写が最重要。
- 課題は「大きくて」「切実で」「未解決」であるほど良い
- 具体的なペルソナの体験談で描写する
- 解決策は課題の直後に置き、「だからこれが必要」と接続する
市場規模・トラクション・財務計画で「夢物語ではない」ことを示す。
- 市場規模は信頼できるソースを引用する
- トラクションは成長率で見せる(絶対数が小さくても成長率が高ければOK)
- 財務計画は保守的と楽観的の2パターンを用意する
各スライドにメッセージは1つだけ。テキストは最小限にする。
- スライドのタイトル=そのスライドのメッセージ
- 箇条書きは3〜5個まで。文章ではなくキーワードで
- ビジュアル(写真・図・グラフ)でメッセージを補強
- 読み上げ原稿はスライドに書かない
具体例#
状況: 創業2年目のヘルスケアスタートアップ。法人向けヘルスケアアプリ「FitWork」でシリーズAの資金調達5,000万円を目指す。
10枚の構成:
| スライド | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | FitWork — 忙しい人ほど健康に | ロゴ + キャッチコピー |
| 2 | 課題 | 働き盛り30〜40代の62%が運動不足。年間医療費1人35万円 |
| 3 | 解決策 | 1日5分・スマホ完結のAIヘルスケア |
| 4 | 市場規模 | TAM 5,000億円 / SAM 500億円 / SOM 50億円 |
| 5 | ビジネスモデル | 法人契約・従業員1人月額500円 |
| 6 | トラクション | パイロット5社、利用率85%、健康指標改善率40% |
| 7 | 競合優位性 | 専用デバイス不要。導入コスト1/10 |
| 8 | チーム | ヘルスケアIT経験10年のCTO + 元大手製薬のCMO |
| 9 | 財務計画 | 初年度売上6,000万円、3年目黒字化 |
| 10 | Ask | 5,000万円の調達。開発・営業強化で1年100社導入 |
10枚で課題の切実さ→解決策の魅力→データの裏付け→明確なAskを伝えきり、投資家3社から面談オファー。「もっと詳しく聞きたい」と思わせるのがピッチデックの勝利条件。
状況: 従業員3,000名の総合商社。社内ビジネスコンテストに若手チーム(5名)が「中小企業向けAI与信審査サービス」を提案。審査員は役員5名。
ピッチのポイント:
- 課題スライドで「中小企業の融資審査に平均3週間。その間に機会損失が発生」と数字で描写
- 自社の強みを活用:「当社が保有する10万社の取引データをAIモデルの学習に使用。他社には真似できない参入障壁」
- トラクション:「パートナー銀行2行と実証実験済み。審査時間を3週間→48時間に短縮」
- Ask:「初年度予算8,000万円。18ヶ月で100社導入、年間売上2億円を計画」
| 審査基準 | スコア(10点満点) |
|---|---|
| 課題の大きさ | 9 |
| 自社リソースの活用度 | 10 |
| 実現可能性 | 7 |
| 収益性 | 8 |
社内コンテスト優勝。役員から「課題が切実で、自社データの活用が秀逸」と評価。ピッチデックの10枚フォーマットが、限られた時間で全体像を伝える最適解だった。
状況: 鳥取県の農業ベンチャー(従業員4名)。規格外野菜の加工・販売事業でクラウドファンディング目標500万円を目指す。動画ピッチ(3分)で支援を呼びかける。
ピッチデック構成(動画版・8枚に圧縮):
- タイトル: 「もったいない野菜を、おいしい価値に。」
- 課題: 「日本の農産物の30%(年間600万トン)が規格外で廃棄。農家の収入が安定しない」
- 解決策: 「規格外野菜をドライスナックに加工。常温保存可能で、味は通常品と同等」
- 実績: 「地元マルシェで月販売3,000袋。リピート率68%。道の駅5店舗に納品中」
- 原価構造: 「規格外野菜の仕入れは通常の1/3。粗利率62%を実現」
- 目標: 「500万円で加工設備を増強。月産を3,000袋→15,000袋に拡大」
- リターン: 「5,000円:スナック6袋セット / 10,000円:農場見学付き12袋セット」
- メッセージ: 「1袋のスナックが、農家の明日を変える。」
| 指標 | 結果 |
|---|---|
| 目標金額 | 500万円 |
| 調達額 | 823万円(達成率165%) |
| 支援者数 | 412人 |
| メディア掲載 | 12媒体 |
「もったいない→おいしい」というシンプルな変換ストーリーと、具体的な数字の組み合わせが支援者の共感と信頼を獲得。地方の小さなベンチャーでもピッチデックの基本構成を押さえれば、資金を集められる。
やりがちな失敗パターン#
- 課題が弱い — 「あったら便利」レベルの課題では人は動かない。「ないと困る」「今まさに痛い」課題を設定する
- スライドが文字だらけ — プレゼンは「読む」ものではなく「聴く+見る」もの。テキストを半分に減らし、図やグラフで置き換える
- Ask(お願い)が曖昧 — 「ご支援をお願いします」では何を求めているかわからない。金額・期間・使途を具体的に明示する
- トラクションを盛る — 数字を過大にアピールすると、デューデリジェンスで発覚して信頼を完全に失う。小さくても正直な数字のほうが成長率で見せれば十分説得力がある
まとめ#
ピッチデックは10枚の基本構成で、課題→解決策→データ→Askを伝えるプレゼン資料。最も大事なのは「課題の共感」と「データの説得力」。1スライド1メッセージを徹底し、聴き手が「もっと聞きたい」と思う資料を目指す。