ひとことで言うと#
「あなたの立場」ではなく「あなたが本当に求めていること(利害)」に焦点を当て、関係性を壊さずに合意を導く対話アプローチ。ハーバード流交渉術の中核となる考え方で、対立を"勝ち負け"から"共同問題解決"に転換する。
押さえておきたい用語#
- ポジション(Position)
- 交渉の場で表明される具体的な要求や主張のこと。「予算を500万円に増やしてほしい」など表面上の立場を指す。
- インタレスト(Interest)
- ポジションの裏にある本当のニーズ・動機・関心事。ポジションが「要求」ならインタレストは「なぜその要求をするのか」にあたる。
- BATNA(バトナ)
- Best Alternative To a Negotiated Agreementの略で、交渉が決裂した場合の最善の代替案を指す。
- 原則立脚型交渉(Principled Negotiation)
- 人と問題を分離し、利害に焦点を当て、客観的基準で合意を探る手法。ハーバード交渉学プロジェクトが体系化した。
利害ベースの関係構築アプローチの全体像#
こんな悩みに効く#
- 部門間の予算・リソース争いがいつも平行線に終わる
- 交渉のたびに関係が悪化し、次の協業がしにくくなる
- 「どちらかが折れる」以外の解決法が思いつかない
基本の使い方#
対話の冒頭で「この件であなたを責めたいわけではない。問題を一緒に解決したい」と明言する。
- 相手の発言に感情が混じっていても、まず受け止めてから議題に戻す
- 座席配置を「対面」から「横並び」にするだけで対立感が下がる研究もある
- 人格攻撃(「あなたはいつも…」)が出たら「それは立場の問題ですね」とリフレーミングする
「なぜそれが重要なのですか?」「それが実現しないと何が困りますか?」と質問し、表面の要求の裏にある本当のニーズを引き出す。
- 相手が「絶対に譲れない」と言ったポイントほど、裏に強いインタレストがある
- 自分のインタレストも先に開示すると、相手も話しやすくなる
- ホワイトボードに双方のインタレストを書き出すと共有しやすい
「どちらかが勝つ」ではなく「両方の利害を満たす第三の道」をブレインストーミングする。
- 判断を保留し、まずは量を出す
- 「もし予算制約がなかったら?」「半年後なら?」と前提を外してみる
- 相手のインタレストを満たす案を自分から出すと信頼が生まれる
市場データ・業界相場・前例・第三者の評価など、主観に頼らない基準で最終合意を決める。
- 「この基準なら双方とも納得できますか?」と確認する
- 合意内容は文書化し、次のアクションと期限を明記する
- 合意後に「関係性は守れたか?」を振り返る習慣をつける
具体例#
従業員60名の広告代理店。営業部は「月20本の制作を約束してほしい」、クリエイティブチームは「月12本が限界」と主張し、3か月間平行線だった。
マネージャーがポジションの裏を掘ったところ、営業部のインタレストは「クライアントへの納期遵守率を 85%以上 に保つこと」、クリエイティブのインタレストは「1本あたりの品質レビュー時間を 最低4時間 確保すること」だった。
双方のインタレストを並べてオプションを出した結果、「テンプレート案件(バナー等)は外部パートナーに委託し、オリジナル企画のみ内製する」という第三の道が見つかった。
| 指標 | 対立時 | 合意後(3か月) |
|---|---|---|
| 月間制作本数 | 12本 | 18本(内製10+外注8) |
| 納期遵守率 | 72% | 91% |
| 品質レビュー時間/本 | 2.5時間 | 4.2時間 |
営業部の納期目標もクリエイティブの品質基準も同時に達成できた。
従業員120名のBtoB SaaS企業。カスタマーサクセス(CS)は「既存顧客から要望の多いダッシュボード機能を最優先に」と求め、開発チームは「技術的負債の返済を先にしないとリリース速度が落ちる」と譲らなかった。
インタレストを整理すると、CSの本音は「チャーンレート 月2.1% を 1.5%以下 に下げること」、開発の本音は「デプロイ頻度を週1回から週3回に上げること」だった。
オプションとして「技術的負債のうちデプロイパイプラインに直結する部分を先に返済し、並行してダッシュボードのMVPを2名で開発する」案が採用された。
3か月後、デプロイ頻度は 週2.5回 に改善し、ダッシュボードMVPリリース後のチャーンレートは 1.4% まで下がった。対立していた2チームは四半期ごとにインタレストのすり合わせ会を行う習慣ができた。
旅館12軒が加盟する温泉街の組合は「観光客用の無料駐車場を増設してほしい」と要望。自治体は「駐車場より防災公園の整備を優先する」と回答し、2年間動かなかった。
第三者のファシリテーターがインタレストを掘ったところ、旅館組合の本音は「週末の路上駐車による苦情を 月15件 → 0件 にしたい」、自治体の本音は「防災拠点をあと1か所確保しなければ国の補助金 3,200万円 の要件を満たせない」だった。
出てきたオプションは「防災公園の地下に駐車場を併設する」という案。国の補助金要件を満たしつつ、平時は観光駐車場として使える設計にした。
追加コスト 800万円 は旅館組合が10年分割で負担し、路上駐車の苦情はゼロになった。立場の対立が利害の統合に変わった好例だ。
やりがちな失敗パターン#
- ポジションをそのまま妥協点にしてしまう — 「500万と300万の間を取って400万」は利害ベースではなく単なる折衷。双方のインタレストを掘らないまま数字を割ると、どちらも不満が残る
- 自分のインタレストを隠したまま相手だけ聞き出そうとする — 一方的な質問攻めは尋問に見える。自分のインタレストを先に開示すると、相手も安心して話せる
- 人と問題の分離を忘れて感情論になる — 「あなたはいつも無理を言う」と人格に踏み込むと防衛反応が起きる。「この納期設定は現実的か」と問題に焦点を戻す
- オプション創出を1つで終わらせる — 最初に思いついた案に飛びつくと、より良い合意を見逃す。最低3つはオプションを出してから比較する習慣をつける
まとめ#
利害ベースの関係構築アプローチは、交渉を「勝ち負け」から「共同問題解決」に変える手法だ。表面のポジションではなく裏のインタレストに注目し、双方を満たす創造的なオプションを生み出すことがポイントになる。関係性を壊さずに合意にたどり着けるため、社内の部門間調整から地域の利害関係者との協議まで幅広く使える。